日経グッデイ

立川らく朝の「わかっちゃいるけど…」

糖尿病は予備軍でもがんになりやすい

採血の上手な魔法使い

 立川らく朝

健康に気をつけるべき、体に悪い習慣は改めるべき、とわかっていても、「そんなの無理だよ、できないよ」というのが、日々忙しく働く人たちのホンネ。落語家であり医学博士でもある立川らく朝さんが、現代社会に生きるビジネスパーソンへの共感を込めてつづる健康エッセイ。読んでほっこり癒されて!

(イラスト:つぼいひろき)

「あなたなら大丈夫、自信を持ちなさい」

「でも私、初めて手術するんですよ」

「手術なんか、私のようにすぐ慣れますよ。頑張りなさい」

「あら、看護師長さん、カーテンの向こうで、年配の先生が若い先生を励ましてるみたいですわね」

「え、そうじゃないわよ。手術を受ける患者さんが、執刀医を励ましてるのよ

 手術はやっぱり怖いですよね。でも大概は麻酔されていて、自分が直接見てるわけじゃないから、その最中に怖いと思うことはないかも。そこへいくと、採血は目の前で、ズバっと針を刺すのが見えるから、あれはあれで見るのが怖いものです。

 採血も上手い人と下手な人とがいて、下手くそに当たったりしたらこれはもう災難です。下手な人って、針を手にして血管を眺めながらどうするかというと、とりあえず首をかしげるのです。針を持った人に、目の前で首をかしげられるくらい心細いことはないですよ。じゃあ、その医者は首をかしげながら何考えてるかっていうと、みんな同じ、「入るかなあ~」

 でもそのうち首をもとに戻すと、今度は針を刺そうとするんですね。この時、その人がどういう結論に至って針を刺そうとしているかも分かるんです。私だってさんざん採血してきたんですから。じゃあ、どういう結論に至ったかというと、これもまたみんな同じ、「ま、いっか」

 ま、いっかで針を刺されたら、たまったもんじゃないですよ。案の定、血管をはずすんですね。いくら注射器を引っ張ったって、血液なんか出てこないですよ。じゃあこういう時はどうすればいいかというと、まずは一旦針を抜いて、やり直すのが一番早いんです。車をガレージに入れるときだってそうでしょ。アプローチを失敗して、挙げ句にちょこちょこ切り返してるくらいなら、一旦出て、もう一度やり直した方がずっと早い。だから、車のチューシャも、採血のチューシャも、要は同じなんです。

たくさん血を採る病院

 誰でも「できれば採血なんかしたくない」と思うでしょうが、採血をしないと分からない情報ってたくさんあるんですね。とにかくいっぱい血を採ることで有名な病院がある。行くと必ず、いっぱい血を採られる。どこにある病院かと見たら、千鳥(チドリ)ヶ淵だった…そういえばここ、桜の名所だね。

 さて、血液を見ないと分からないものの一つに血糖値があります。これが糖尿病の指標になることはみなさんご存知です。空腹時の血糖が110(mg/dL)未満が正常、これが126以上になると糖尿病と診断されます。血糖値がその中間の、正常でもないし糖尿病でもないという境界域にある場合は、境界型糖尿病、あるいは糖尿病予備軍とも呼ばれています。

 予備軍っていうと、なんか2軍みたいで、あまり大したことはないように思えるでしょ。皆さんだって、健康診断で「あなたは糖尿病予備軍です」なんて言われても、「なんだ2軍か、どうってことないや」なんてね。「せいぜい気を付けますわ」てなもんですよ。気持ちはわかるんですけど、あんまり油断をしてもねえ。

 実は、糖尿病予備軍の人は、がんになるリスクが高いんです。「え、糖尿病とがん、関係ないだろ」って、そう思いがちですよね。でも本当なんです。

 日本には、「JPHC研究」(*1)というのがあって、これは日本人でのさまざまな生活習慣病を調査するための研究ですが、糖尿病とがんのリスクがどのような関係にあるかという調査もしているのです。

 調べたのは、実は血糖値ではなくて、HbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー)とがんとの関係です。HbA1cは、過去1カ月から2カ月くらいの血糖値の平均値を表した指標で、この値が高いほど、糖尿病は進行しているといえます。

 さて、このHbA1cの値と、がんの発症リスクがどういう関係にあるかを調査しました。どうなったと思います、ご想像の通り、HbA1cの値が高いほど、がんの発症リスクは上がることが分かったんですよ(*2)。

*1 全国11保健所と国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、大学、研究機関、医療機関などが共同で行っている研究で、約10万人の日本人を10年以上の長期にわたって追跡し、どのような生活習慣が疾病(がん・心筋梗塞・脳卒中など)の発症に関連しているのかを明らかにすることを目的としている。
*2 国立がん研究センター. ヘモグロビンA1c(HbA1c)とがん罹患との関連について-多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告-. http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/3753.html

採血は誰にしてもらう

 実は、HbA1cが6.5%(国際標準値)以上というのは、糖尿病の診断基準のひとつになっています。そこで、6.5%以上の人たちのがんの発症リスクを、HbA1cが正常の値である5.0~5.4%の人たちと比べてみると、なんと1.43倍に上がっていました。どうやら糖尿病の人はがんになりやすいということが言えそうです。

 さて、それでは、その中間の人達、つまり予備軍ですよね、その人たちはどうだったのでしょうか。HbA1cが5.5~5.9%の人達のがんの発症リスクは1.01倍、6.0~6.4%では1.28倍でした。つまりHbA1cの値が高くなればなるほど、がんのリスクはそれにつれて上昇するというわけです。

 ここで注意したいのは、糖尿病予備軍でも、正常の人に比べるとがんの発症リスクが高くなっているということ。糖尿病予備軍は、がんの予備軍でもあるということなんですね。

 HbA1cも、もちろん血糖と同じく、血液検査で得られるデータです。こうなると、採血を嫌がってる場合じゃないですよ。やはり定期的に検査しておいた方が良さそうです。でもやっぱり採血は、上手な人に針を刺してもらいたい。あ、そうそう、まるで魔法使いみたいに針を刺すのが上手い人がいるんですって、誰かって、その人の名前は、ハリー・ポッター…ちょっと違うか。

らく朝築地独演会のお知らせ
築地本願寺ブディストホール(東京)
第41回 2016年5月17日(火)19:00開演
第42回 2016年6月6日(月)19:00開演
お申込みはオフィスらく朝(03-6661-8832)、詳細はHPで。

BS日テレ毎月曜日「Dr.らく朝笑いの診察室」放送中。
ラジオNIKKEI第3金曜日「大人のラヂオ」パーソナリティ。
立川らく朝(たてかわ らくちょう)
落語家(医学博士)
立川らく朝(たてかわ らくちょう) 1954年1月26日、長野県に生まれる。1979年、杏林大学医学部卒業。慶応義塾大学医学部内科学教室へ入局。主として脂質異常症の臨床と研究に従事。慶応健康相談センター(人間ドック)医長を勤める。
2000年、46歳にして立川志らく門下に入門、プロの落語家として再出発する。
2004年、立川流家元、立川談志に認められ二つ目昇進。医学博士でもある立場を生かし、健康教育と落語をミックスした「ヘルシートーク」、「健康落語」、「落語&一人芝居」という新ジャンルを開拓。マスコミなどで評判となり全国での公演に飛び回る毎日。また「健康情報を笑いを交えて提供する」というコンセプトで全く新しい講演会を精力的に開催。2015年10月1日付で真打昇進。笑いと健康学会理事。日本ペンクラブ会員。公式HPはこちら
(写真:増田伸也)