その言葉は、ある日不意に言い渡される―「がん」。耳にした瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、自分の「命」を改めて認識するようになるという。今や日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。人生、家族、仕事…。がんをきっかけに診療室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける医師が語る、現代人に伝えたい生き方の道しるべ。
たとえ早期のがんであっても人は必ず取り乱す
「がんの疑いがあります」という言葉を、みなさんだったらどう受け止めるでしょうか―。
私が、がんという病気の特殊性を強く実感させられるのは、告知の場面においてです。がんは一刻も早く治療を開始する必要のある進行性の高い病気です。告知は治療のスタートであると言ってもいいでしょう。でも、問題はその先です。治る可能性の高い早期がんであっても、告知された患者さん、あるいはそのご家族の反応は様々です。ましてや、末期まで進行してしまったがんだった場合は、どう伝えることが最も患者さんのためになるのか。何年医者をやってきても、判断に苦しみます。

がんの早期発見に大きな力になっているのが健康診断、がん検診、人間ドックなどの検査です。検査によって早期に発見できたなら、それは喜ばしいことのはず。ところがなかなかそうもいかないのが人間というものなのです。
40代のあるご夫婦のケースです。ある晩、富永大祐さん(仮名)が帰宅すると、奥さんの優美さん(仮名)が真っ暗な部屋で泣いていました。聞けば、以前受けた婦人科検診の結果が出て、「ステージIII」だと言われた、と。インターネットで調べたら「がんが広がっている」「転移が見られる」と書いてあった。「私はがんだ、手遅れだ、もうダメだ」と、優美さんはわんわん泣きながら訴えたそうです。
大祐さんは日ごろ冷静で穏やかな妻の豹変ぶりにびっくりしたようです。ステージIIIは確かなのか、そもそも婦人科検診でがんの進行度までわかるのか。しごくまっとうな疑問を口にし、とにかく優美さんを落ち着かせようと「大丈夫、大丈夫」と笑顔を見せたのですが、取り乱している優美さんは聞く耳を持ちません。それどころか「こんなに深刻なのに、あなたは笑っているばかりで、ちっともわかってくれない」と、夫を責める始末…。