その言葉は、ある日不意に言い渡される―「がん」。次の瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、我が人生を改めて振り返る。今は日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。がんをきっかけに診察室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける医師が綴る、現代人に贈る生き方の道しるべ。
「早く決断してもらえれば、もっと手立てはあった」
「手術の方法には腹腔と開腹の2つがあります。どちらがいいですか?」
「抗がん剤治療を検討してみませんか?」
がん治療を進めていくにあたり、担当する医師から提案される治療方法について、患者自らが選択、決断しなければならない場面というのは少なくありません。しかも、がんは刻々と進行していますから、決断するまでに時間的な猶予はあまりありません。
しかし、ネガティブなことばかりが頭の中を巡り、ずるずると決めあぐねて時間がどんどん経過する。ようやく手術に踏み切ったものの、その時にはがんが進行してしまった。こうしたケースは意外に多いのです。
「もう少し早く決断してもらえれば、もっと手立てはあったのに…」。がん治療に長年携わって来た医師としての経験からも、こんな惜しい思いをすることはありません。私たち医師は、全力でがんの治療に立ち向かいますが、私たちが提案した治療を早く受け入れるかどうかは、あくまでも患者さん次第なのです。
「不便はイヤ」「副作用が怖い」…で怪しげな健康食品へ
前回は、『がんと治療は「痛くてつらい」という誤解』があることについて触れましたが、今回はもう一歩踏み込んで、がん治療そのものに対する誤解について、私なりの考えを述べたいと思います。言い換えれば、がん治療に伴う「メリット」と「デメリット」です。
思い出すのは、膀胱(ぼうこう)がんが見つかった60代の男性患者のことです。
私のところへ来たときには、まだリンパ節などへの転移はなく、すぐに膀胱の摘出手術をすればがんは問題なく取り除くことができる状態でした。
ところが、その男性は、断固として手術を拒否しました。「人工膀胱にしたくない」との理由からでした。たしかに、人工膀胱になれば、生活は多少不便になります。ですが、手術を受けなければ、やがてがんは転移し、命にかかわることは明らかでした。