その言葉は、ある日不意に言い渡される―「がん」。次の瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、我が人生を改めて振り返る。今は日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。がんをきっかけに診察室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける医師が綴る、現代人に贈る生き方の道しるべ。
手術直前に「逃亡」してしまう患者すらいます
「先生、がんは痛くなるのですか。治療も苦しいのですよね」
がんを患者に宣告してから、今後の治療方針について説明すると、冒頭のような言葉を口にする人がほとんどです。また、自分ががんであることを冷静に受け止めたはずの患者ですら、手術の日が近づくにつれて落ち着きがなくなり「痛いのは嫌だ」といって、驚くほど取り乱してしまうこともあります。なかには恐れをなして、手術直前に「逃亡」してしまう患者すらいます。
がんは、現実として「死に至る病」であることに加え、「痛み」や「苦しみ」との長い闘いに負ければ、“命の灯”が消えるのだといったイメージがあるのでしょう。がん患者に限らず、もしかするとこれからがんになるかもしれない読者の中にも、こんな思い込みをして人は少なくありません。
テレビドラマや映画などの闘病シーンが先入観を植え付ける
どうしてこんなふうに思ってしまうのか。
大きな要因になっているのは、今もテレビドラマや映画などで描かれるがん患者の闘病シーンが、ことさら苦しみや痛みの部分ばかりを強調しすぎているからだと思います。折に触れて、目にする体験談が壮絶な闘病記に偏り過ぎていることもまた、我々に「がんは痛くて苦しいものだ」との先入観を植え付けているに違いありません。
でも、冷静に考えてみてください。劇画に登場するようなケースは、とても断片的で、特異な設定であることが多く、それだからこそ「演出の効いたドラマ」の題材にもなるわけです。
たしかに、医療が現在ほど進歩していなかった40年、50年前であれば、「開腹してみないと分からない」「念のため、切除しておこう」といった手術が、一部で行われていたのも事実です。手術後、とても大変な闘病の時を過ごした…といったケースが自分の身内や周囲にあったという読者もいるかもしれません。