その言葉は、ある日不意に言い渡される―。「がん」。次の瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、我が人生を改めて振り返る。今は日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。がんをきっかけに診察室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける医師が綴る、現代人に贈る生き方の道しるべ。
「どうして5年間もがん検診を受けなかったのですか」
がん治療の鍵を握るのはなんと言っても早期発見につきます。その大きな力になっているのが「がん検診」であることは、折に触れてこの連載でもお伝えしてきました。今や「2人に1人はがんになる時代」(関連記事:「『2人に1人ががんになる』という意味」)です。統計的に見てがんの発症するリスクが高まってくる50~60代の、いわゆる「がん年齢」に達する前に、定期的ながん検診を積極的に受けていただきたいと思います。
今でも思い出すのは、がん検診で肺がんが見つかった50代の男性のことです。
腫瘍の大きさは約5センチ、すでに広範囲にわたって転移も認められ、手術をするには手遅れの状態でした。抗がん剤治療を施したとしても、余命はせいぜい1年あるかないか。
検査の結果をお伝えした途端に、この男性は猛烈に怒り出したのです。
「5年前にがん検診を受けて、レントゲン写真も、CTも撮って、まったく異常なしだった。それなのに今さら手遅れだとはなんだ! 前回の検診で見落としたのだろう!!」
これがその男性の言い分でした。
もちろん、すぐさま当時の診断画像を取り寄せて、私は目を皿のようにして患部を調べ直しました。ですが、“その時”にはがんの兆候すらありませんでした。診断画像を男性に示しながら詳しく説明しても、「お前の見落としだ!」の一点張り。結局、その男性は3時間もの間、診察室で私に向って怒声を上げ続けました。こういうときには、本人の気が済むまで言い分を聞くしかありません。「自分ががんである」との現状を受け入れられない人が、他人の話を聞けるはずがないからです。私はその男性が怒鳴り疲れて帰るまで、黙って彼の怒りを受け止め続けました。
本心を言えば、「どうして5年間もがん検診を受けなかったのですか」と問いただしたかった。そうすれば手遅れになる前に発見できた可能性は高かったはずなのに…。
このエピソードにがんの難しさを象徴する「落とし穴」が隠されているのです。