日経グッデイ

石原良純の「日々是好転!ときどきカラダ予報」

「出世」の秘訣と父・慎太郎の教え

第3回 30年ぶりに母校で講演、錦を飾る!?

 石原良純

テレビ界きっての多趣味人で、博識の石原良純さん。50代で人生により磨きをかける日々の中で感じている、カラダのこと、天気のこと、そしてニッポンのこと。前向きに生きれば、日々是好転! 今回は、石原さんが母校・慶應義塾大学で行った講演でのできごとから、ふと自分自身の出世について思いを巡らせます。

学生から不意に問われた「出世」の質問

 「石原さんの出世の秘訣(ひけつ)をお教え下さい」

 そんな質問が飛んだのは、講演会後の質疑応答でのことだ。

 「えっ、出世?」「良純さんが?」

 ?(はてな)マークが約半分の聴衆の頭に浮かぶのが、演壇の僕からもはっきりと分かった。

30年ぶりに母校の「三田際」での講演のために凱旋を果たした。演題は「「テレビメディアにおけるケインズ理論」。大きな喝采を浴びた。
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 今回の講演は僕の母校、慶応大学の経済学部ゼミナール委員会の招きに応じてのこと。秋の学園祭シーズンの最後を飾る「三田祭」の講演会の聴衆は、学生半分に一般客半分。学生はともかく、大人の目に僕の今の有り様がどう映るか微妙なところだ。

 出世と聞けば、「末は博士か大臣か」なんて言葉が頭に思い浮かぶ。大学を卒業して30年。見回せば僕の周りにも、大学教授になった者も、バッジをつけ大臣を経験した者も何人か思い当たる。教室で机を並べ、学食で大声で戯れていた友人が、大学病院の廊下の大名行列の先頭に立ち、闊歩(かっぽ)している。なるほど、彼らの出世は間違いない。

 企業に勤める仲間は、取締役に残れるか否か、最終セレクションの火中にある。

 毎朝、一番に出社するという金融マンの親友は、日々の時間のほとんどを部下の監督作業に費やしているという。自分の仕事をするのは人気のない土曜日のオフィス。広いオフィスフロアに点々と部長職だけが出社して、コンビニのおむすび片手に黙々と書類をまとめているのだそうだ。部長じゃ、まだまだ。重役に昇進できなければ、出世したとは言われないのだろうか。

芸能界での「出世」の定義は難しい

 スポーツの世界ならば、出世するとは強くなること、相手に勝つこと、と単純に置き換えられるのか。優勝してチャンピオンになって、賞金王になる。出世街道を真っしぐらに突き進めば、横綱にだってなれる。

 先日一緒に食事した“お兄ちゃん”こと花田虎上氏は、第六十六代横綱に出世して27歳で角界を引退した。「その後の方がよほど大変ですよ」と笑う。大出世を成し遂げた後の、新たな人生。そんな道のりを歩む人間はそうそういるものではない。でも、お兄ちゃんはサービス心旺盛でしゃべり過ぎ。せっかくの体験談もどこか危なっかしくて、到底、テレビではオンエアできない。

 ならば、芸能界での出世とは何か。アカデミー賞を獲得すること。芸の道一筋に、いずれ褒章に預かること。それとも冠番組を持つこと、大劇場で座長公演すること。一昔前なら豪邸を建てることも長者番付に載ることも、故郷に錦を飾る大出世だったに違いない。

 実際、芸能界の出世の定義は難しい。それでも学舎への恩返し、後輩へ何か伝えてやらねばと演壇の僕は頭をひねる。なにしろ今日は、一昨年の金融アナリスト、昨年の経済学部教授に引き続いて講演依頼が僕に回ってきた晴れ舞台なのだから。

 ちなみに講演の演題は、“石原良純卒業三十年講演”。教授やら首席研究員やら肩書きのないぶん大げさに。もちろん経済学部ゼミナール委員会が主催なのだからサブタイトルには経済用語を散りばめて、「テレビメディアにおけるケインズ理論」とさせて頂いた。

 需要と供給による価格決定だったか。IS-LM分析のグラフをグルグルとたどった覚えがある。まずはひとしきりケインズを語ってやろうと経済原論の教科書を探したが、5回の引っ越しを過した我が家にはもはや(最早)、経済原論は存在しなかった。経済を語らなくても、僕のテレビの30年を語れば学生さんの役に少しは立つと信じよう。

なんと青春を無駄にしたことか!

 三田の校舎に約束の時間より早く着いた僕は、学園祭のキャンパスに繰り出した。「三田祭」を歩くのも現役以来、30年ぶりのことだ。

昔と変わらぬ「三田祭」の華やかさに、懐かしさを覚えた。あの頃の友たちは、大臣になった人、教授になった人、そして出世レースで戦っている者もいる。
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 秋晴れに恵まれた三田のキャンパスは人でごった返す。女子学生はもちろん、男子学生にイケメンが増えたのは間違いない。模擬店が並ぶメインストリートをはずれた裏通りは、ナンパストリートになっている。イケメン目当てに校舎の壁を背に、二、三人組の女の子が所在なさげに等間隔に並んでいた。

 やっぱり「三田祭」は華やかだ。この景色は今も昔も変わらないのかもしれない。それに比べて現役時代の僕の「三田祭」のイメージといえば、応援指導部の焼き鳥屋で学ラン姿に囲まれて吐くまで酒を飲んでいた。なんと青春を無駄にしたことか。今さら気付いても、遅い。

 経済学部のゼミ活発表フロアにも、金融ゼミ専攻の僕は足を運ぶ。ボードに並ぶグラフとレジメ。30年前、アメリカの高金利政策とマジックで書いた記憶もよみがえる。

 カワイイ女子学生、イケてる男子学生以上に僕が驚いたのは、今の学生は皆さんしっかりしていること。来春の就活を控えた三年生のゼミ委員は、自分の特性を客観的に見つめ、志望する会社を研究する。語学だってしっかりTOEICの点を集めている。それでも三十年前より彼らの就職戦線は格段厳しいようだ。

父・慎太郎の教えは「とにかく、健康第一」

 僕らの頃は、何も考えてなくともそこそこの名のある会社に、皆、もぐり込んでいた。「エクス・キューズ・ミー」と言えずに「エクソシスト」と真顔でのたまわった奴でさえ、商社で教育を受け、世界を飛び回っている。

 そんな僕に彼らに伝えられる出世の秘訣などあるだろうか。

 僕の頭に浮かぶのは、僕が映画界に飛び込むにあたって、石原裕次郎叔父から伝授された2つの言葉。「時間を守れ」。「あいさつをしろ」。僕は三十年の時を経た今も、これを忠実に守っている。

 二つ目は、父、石原慎太郎の教え。

 とにかく、健康第一。体調が悪ければ、病名が分かるまで病院をハシゴしよう。付き合いなんか関係ない、眠たくなったら寝てしまおう。そして何より、周りに気を遣いストレスを溜めぬこと。

 ♫ありの〜、ままの〜、姿みせるのよ

 と、『レット・イット・ゴー』を絶唱する雪の女王エルサは、父・慎太郎の姿でもあるのだ。

 
石原良純(いしはら よしずみ)
俳優・気象予報士
石原良純(いしはら よしずみ) 1962年1月15日生まれ。神奈川県逗子市出身。慶応義塾大学経済学部卒。テレビ、舞台、映画など幅広く活躍。趣味はマラソン。自宅から10キロ先の所属事務所まで走って通うことも。