日経グッデイ

石原良純の「日々是好転!ときどきカラダ予報」

東京湾、真夏の一大スペクタクル

第1回 「空」は一番身近な大自然

 石原良純

テレビ界きっての多趣味人で、博識の石原良純さん。50代で人生により磨きをかける日々の中で感じている、カラダのこと、天気のこと、そしてニッポンのこと。前向きに生きれば、日々是好転!

怪しい黒雲が駆け始めた空を見て、独り微笑む

 忙しい日々の中で、心と体のバランスを整える最も簡単で身近な方法をお教えしよう。

 それは、“空を見上げること”。

「日常の中で一番身近に自然を感じられるのが空。1日一度、空を見上げてみよう」(写真:岡﨑健志)
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 ある年の夏、東京・お台場のホテルで夏の日を過したことがある。折しも、関東の南の海上で熱帯低気圧から格上げになったばかりの台風が、首都圏へ真直ぐ狙いを定めていた。ディズニーランドやお台場海浜地区での休日を楽しみにされていた方々には申し訳ないが、僕は怪しい黒雲が駆け出し始めた空を眺め、独りニンマリ微笑んだ。

 海の見えるテラスへと続くガラス戸が、風にあおられバタンと大きな音を立てて閉まる。いつもなら気持ちの良い朝食会場となるはずの屋外の椅子やテーブルを、ホテルの従業員が慌ただしく片付けていた。

 風が強まるにつれ、普段は穏やかな東京湾にも白波が立ち始める。空の低いところを駆ける黒雲は数を増す。それは、台風の外側を反時計回りに駆ける先ぶれの雲だ。ジッと雲を眺めれば、いかにも人相が悪い。それは『鬼平犯科帳』に登場しそうな、盗人集団の手下といったところだ。黒雲に気をとられているうちに、いつしか青空が鉛色に変わる。ブーンと低震動でホテルの大きな窓を揺らす突風の中に、ポツリ、ポツリと雨粒が交ざりだす。次第に雨粒は圧倒的な数となり、ザーッと窓を打ちつける。

台風が生み出す空の大スペクタクル

 台風は、まさしく南の海のエネルギーの固まりだ。スコールが視界を遮り、やがて対岸の東京タワーも芝浦の倉庫街も、すっかり雨のカーテンの向こうに消えていった。台風が最接近すると、風、雨ともにピークを迎える。テラスの植木は、引きちぎられんばかりに葉を逆立てる。間近にそびえているはずのレインボーブリッジの橋脚すらその姿をかき消した。

台風の訪れで黒雲を眺めていると、青空がいつの間にか鉛色に変わった。(写真:石原良純)
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 昼過ぎに、突然、風が止んだ。雨も止んだ。東京タワーもレインボーブリッジも、湾岸の景色がすっかりよみがえる。東京都心部へ、僕の真上に台風が上陸したのだ。台風の目は崩れ、青空は拝めなくても、ともかく静寂の時間が訪れた。

 人もテラスの植木も、息を殺し辺りの様子を伺う。だが、不用意に動いてはいけない。静寂はほんの一時に過ぎぬのだから。間もなく吹き返しの風と雨が襲ってくる。

 この日の東京の空は、まさに教科書に載る台風の空模様どおりに変化していった。風は台風の接近につれ東、南、西、北と向きを変えた。雨はまず台風外側のスパイラルバンドの雲が波状的に捲き散らし、やがて台風本体の雲が大雨をもたらした。

 日が傾く頃には、西の空には青空が戻る。肌刺す夏の西日が落葉の散ったホテルのテラスを早くも乾かしていた。

 それは、東京の空を舞台にした一日がかりの大スペクタクル。身の安全さえ確保できれば、これほど美しく、楽しいものはない。今年の台風シーズンは終わりを迎えるが、来年の夏に機会があれば、多くの人に空を眺めてもらいたい。くれぐれも、安全に気を付けて。

雲、雨、風…、日本で世界の空が楽しめる

 台風は、熱帯生まれの低気圧。ハリケーンもサイクロンも同じこと。数千キロメートルにも渡って雲の帯が延びる梅雨空は、東アジアの一大イベント。東京が雨なら大阪も雨。上海も台北も香港もハノイもバンコクも、みんな同じ雲の下で雨だと思えば、日本がアジアの一員であることを改めて実感できる。

 空高く湧き立つ真夏の入道雲。ゲリラ豪雨、雷、突風、竜巻。時には災いをもたらすことはあっても、緑の田んぼに青い空。空に浮かぶ入道雲こそ日本の原風景だ。秋には天の高い所に鰯雲が並ぶ。トットトット、トットトット。新幹線ほどのスピードがあるジェット気流に乗り、東へ東へと進んで行く。

 冬の太平洋側には真っ青な青空が広がる。その一方で、わずか山脈を一つ隔てた日本海側では1メートルもの雪が積もる。シベリア生まれの空気が日本海で雪雲を生む。気象衛星から眺めると規則正しく筋状に雲が並ぶ。四季折々に日本の空を眺めれば、世界中の空を楽しむことができる。

空こそが一番身近な大自然

 山よりも高く海よりも広い、もっとも身近な大自然が空なのだ。お母さんがお勝手仕事をする台所の窓の外にも、お父さんが勤める会社の窓の外にも、空はある。わざわざ海へ出かけなくても山へ出かけなくても、空はどこにでもある。

四季の移ろいとともに変わる日本の空は、世界すべての空の変化につながっている。(写真:石原良純)
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 ならば、一番身近な大自然である、空を楽しまぬ手はない。

 なにしろ日本の空は世界一の空なのだから。

 雲一つない青空を見上げると、この空はどこまで続いているのか不思議に思えてくる。空気の粒々に太陽の白色光がぶつかると、光は赤橙黄緑青藍紫色に錯乱する。その中で波長の短い青だけが僕らの目に飛び込んでくるから、僕らは空の色を青と認識する。

 地上の気圧は、一気圧1013ヘクトパスカル。上空百キロで0.001ヘクトパスカル。空気の粒が百万分の1となった高度百キロメートルまでを青空と仮定しよう。となれば、ぼんやり青空を見上げるだけで、百キロメートル先まで見通せるということだ。富士山かスカイツリーに登るのでもなければ、百キロメートル先まで景色を眺められるものではない。

 現代の僕らの暮らしは、ものすごい情報量に囲まれている。すると人は身の周りの近いところばかりにしか目がいかず、やがて処理しきれない情報にストレスを感じてくる。ストレス解消に山に登り海辺を歩き、ぼんやり遠くを眺める時間が欲しくなるのは当然のことだ。でも、山へ行く海へ行く時間はない。

 ならば、空を見上げればいい。

 一日に一度、空を見上げましょう。

石原良純(いしはら よしずみ)
俳優・気象予報士
石原良純(いしはら よしずみ) 1962年1月15日生まれ。神奈川県逗子市出身。慶応義塾大学経済学部卒。テレビ、舞台、映画など幅広く活躍。趣味はマラソン。自宅から10キロ先の所属事務所まで走って通うことも。