ラスト10kmは生き地獄
ところが、市街地を離れ海沿いの道に出たところでコースの状況は一変した。津軽海峡から吹き寄せる海風のなんと冷たく重たいことか。音を立てて強いブローが吹き寄せると、見えない壁に体をガッチリと受け止められ足が前に出ない。見えない敵との戦いに体力がどんどん失われていく。
そこで僕は、大柄のランナーを風よけに使えばいいのだと思いついた。ランナーの後ろにピッタリとくっ付けば、僕は風の抵抗を受けずにすむ。その上、二人の間に逆流する空気の流れができて、僕の体を前方へと吸い寄せてくれる。これぞ正しく、スリップ・ストリーム走法。
僕は前を走る大柄なランナーに目星をつけて、ゆっくりと間合いをつめて行く。まんまと風よけを手に入れた。
どうせならば、頭から足の先までスッポリと風をよけたいものだ。僕は背中を丸めた前傾姿勢で、風よけランナーの靴底をひたすら眺めながら、海沿いの国道を進む。レース前半戦を手元の時計で1時間57分。予定より少し遅れてはいたものの、まずまずの手応えを感じていた。
ところが、コースが大きくカーブして風向きが変わったことで異変が起きた。追い風となれば、風よけはいらない。帆船のマストのように背筋を伸ばして体全体で風を受け疾走しようと思ったものの、なぜか前に曲がった体が伸びない。ベルトの当たりで体がくの字の折れ曲がり、頭がどうにも持ち上がらない。
ビューンと強いブローが吹けば、前のめりに倒されそうになる。両手を体の前で泳がせてどうにかバランスをとる姿は、もはやマラソンランナーではない。ラスト10kmは、正に生き地獄。背中の曲がった老婆の姿で腰の痛みに耐え、ゆっくり、ゆっくり歩みを進める。
僕の周りをランナーが次々と追い抜いて行く。「良純さん、頑張って」「あと少し」とランナーからも、僕に気付いた沿道の観客からも声がかかる。正直、こんな時はそっとしておいてほしいものだ。体のバランスがすっかり崩れてしまった僕は、右手を上げようにも、上げた途端にひっくり返ってしまいかねない。ただ、ただ、恐い顔して無言で歩みを進めるしかない。ベイサイドブリッジ、赤レンガ倉庫街、函館マラソンの一番の見所が、僕にとっては試練の場所となってしまった。
スタートと同じ千代台公園陸上競技場に戻ってきたのは、3月の自己ベストに遅れること約40分、4時間33分30秒でのゴールとなった。
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- 炎天下のゴルフでギックリ腰?