
3杯目のロックグラスを片手でくゆらす頃には、奈良盆地を横切った飛行機は生駒山の上空で右旋回し、伊丹空港への着陸態勢に入る。すると、“ポン”とキャビンにアラーム音が鳴って、CAさんがグラスを回収に廻ってくる。でも僕は、お片付けを丁重にお断りする。森伊蔵をプラスチックのコップで飲むなんて野暮なことはできようはずもない。いい酒はその酒に見合った、いいグラスで飲んでこそ、はじめてその味を楽しめるのだ。
グラスをくゆらせば、カランと氷が応える。飛行機は徐々に高度を下げてゆく。眼下に広がる大阪の夜景。通天閣が街から小さく尖って、“おかえりなさい”と点滅する。「おお、わしの街に帰って来たでぇ」
僕は毎週月曜日の晩、すっかり『ナニワ金融道』の世界に浸っていた。
今は笑顔で「ペリエをお願いします」
しかし、今の僕は違う。CAさんに飲み物を聞かれて、「ペリエをお願いします」とニッコリ笑顔で答えられるようになった。
大阪に加え、福岡でレギュラー番組を持ったことが大きかった。大阪、福岡と週に最低でも2往復のフライトがある。他に地方の仕事が入れば毎日のように羽田空港をウロウロすることになる。先日は、10日間連続フライトと自己最高記録を更新した。そりゃ、毎度毎度、大酒を喰らっている場合ではない。
昼はもちろん、夜でもグラスに手を伸ばさないフライト。すると、そんな僕の様子を訝しがるCAさんがいる。ギャレーのカーテンの奥から、シャンパンボトルを軽く揺らしながら微笑まれても、今の僕は飲まない日だってあるのです。
昔を知るCAさんが、大きなグラスでシャンパンを…
先日の夜の大阪便では、いきなりCAさんが食事と一緒に大きなグラスになみなみと注いだシャンパンをトレーに載せてやって来た。大きなグラスでプクプク泡立つ液体は、ジンジャエールにしか見えない。さらに、グラスの横にはお代わりのシャンパンの小瓶まで並んでいる。この人も、僕の過去を知る人に違いない。
シャンパンはやっぱり薄口のグラスで飲みたいものだ。こんな大きなグラスで飲んでは……、いやいや思い出した。その昔、大阪便の機内で僕は、お代わりを頼むのがめんどうだから、「大きなグラスに入れてきて」と言った覚えがある。
いまだにお酒をたっぷり注いでもらえる僕は、機内でどんだけ飲んできたのだろうか。でも僕は、酔っ払って空気の薄い機内で騒いだはずありません。なにしろ気象予報士は、気圧に敏感なのだから。
俳優・気象予報士
