日経グッデイ

石原良純の「日々是好転!ときどきカラダ予報」

横浜マラソンで大珍事! 幻の“サブ4”!?

第7回 一週間の禁酒、最高のパフォーマンスで臨んだのに…

 石原良純

テレビ界きっての多趣味人で、博識の石原良純さん。50代で人生により磨きをかける日々の中で感じている、カラダのこと、天気のこと、そしてニッポンのこと。前向きに生きれば、日々是好転! この5年間でマラソンが“マイブーム”だという石原良純さん。市民ランナーのステイタス“サブ4”(4時間を切るタイムで走るランナー)を目指して日夜練習を重ね、満を持して「横浜マラソン」に参加した。記録は見事、3時間56分01秒! しかし後日、思わぬ顛末が待っていた。

僕はこの5年間、空前のマラソンブーム

 フルマラソンの42.195kmは、実に不思議な距離だ。

 40kmならば、1km当り6分ペースで走れば、ちょうど4時間で走れる。ところが端数の2.195kmがクセ者だ。少しずつペースアップしなければ四時間切りの“サブ4”は達成できない。

 “サブ4”は市民ランナーの一つの目標だ。“サブ4”を達成すれば、日曜日の公園でジョギングコースを周回するおじさんランナーの中で、一目置かれる存在となる。ゴルフのシングルプレーヤー、航空会社のマイレージクラブのプレミアム会員といったところだ。

ここ5年間、“マイブーム”になったマラソン。市民ランナーのステイタスである“サブ4”を目指し、日夜練習に励んできた。写真は2015年3月25日に開催された「横浜マラソン」の完走証明書と記念メダル。
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 多くのランナーが、2.195kmに必要な約12分を、レース中のどこで稼ぎ出すか苦慮しているに違いない。1kmを5分42秒で走るのか、5kmを28分ペースで走るのか。街を駆け抜けるマラソンランナーの川の流れの中で、僕の頭には、いつもそんな数字が浮かんでは消えていく。

 僕はこの5年間、空前のマラソンブーム。秋から冬にかけてのマラソンシーズン中に二回のマラソン大会に参加すると決めている。

体の痛みに耐えかねて、脳から変な信号が

 始まりは2010年の「北海道マラソン」。真夏のマラソン大会は、北海道ならでは。ところが、最近は北の街でも最高気温が三十度を超えることも珍しくない。地球温暖化の影響で大会は、過酷なものとなっている。

 僕にとって10年ぶり三度目のマラソンは、参加一万人のランナーの最後尾からのスタートとなった。レースのタイムリミットは5時間と、市民ランナーにとっては厳しい設定。僕をレースに誘ってくれたテレビ局は、僕がどこかの関門で通せんぼされて、悔し涙を浮かべるのを期待していたに違いない。

 通常ならば、そんな制作者の意図を汲み取るのが演者の心得というものだ。だが、ことマラソンにおいてはそんな配慮は一際なし。なにしろ42.195km走れば足はもちろん、体じゅうがきしんでくる。体の痛みに耐えかねて、脳から変な信号が発信されることもある。

 「京都マラソン」では、レース途中で左の二の腕に猛烈な痛みを感じた。自分でも足ではなく、突然、腕が痛み出したワケが分からない。痛みに耐えてようやくゴールした瞬間、不思議と腕の痛みは消えていた。脳が「もう、走るのやめようよ」とむちゃくちゃな指令を発していたに違いない。

 マラソンで痛んだ体には、お疲れ様のビールの乾杯すら重たく感じられる。全身の筋肉だけではなく、内蔵まですっかり疲れてしまうようだ。生きるか死ぬかのマラソン大会に、番組のリクエストに応える余裕はない。

足の筋肉が爆発してしまいそうな恐怖

 考えてみれば、4時間以上、ひとときも休まずに同じ動作を繰り返すことなど日常生活ではありえない。

神奈川県横浜市初の市民参加型の大会として注目を集めた「横浜マラソン」。石原良純さんはゲストランナーとして参加し、堂々の4時間切りを記録したが…。
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 「ハワイ・コナマラソン」では、35km過ぎ、海風にあおられて被っていたキャップがポトリと道に落ちた。僕は前後に足が開き、両膝が曲がったままのランニング状態でその場にストップした。キャップを拾いたいが、今までと違う角度に体を動かした途端に、足の筋肉が爆発してしまいそうな恐怖に体が動かない。ゆっくり、ゆっくり膝を曲げ、せいいっぱい腕を伸ばした手の指先でどうにかキャップを収容した。

 2011年の「東京マラソン」では、4時間13分。ちょうど1km6分ペースの自己ベストを記録した。この時は、フジテレビの特番のゲストランナー。銀座四丁目の交差点では、ビルの大型ビジョンに安藤優子さんからの応援VTRが映し出され、レース中の僕は走りながらインタビューを受けた。

 「過酷なレース中の競技者に、マイクを向けるのは可哀想」と、番組に視聴者からのメッセージが寄せられたが、さにあらず。インタビューを受けている時間の僕は、ランナーから番組出演者にシフトチェンジする。銀座界隈、24km地点からの約2kmの間、僕はすっかり走っている自分を忘れていた。

 2011年の「東京マラソン」以降の三年間、大阪、京都、千葉、神戸、つくばと記録が伸び悩んだ。どこに問題があったのか、ただ、ダラダラと走る練習に問題ありと気がついた。

レース中、楽しい時間は、決して多くない

 マラソンの記録は練習量に比例する。タイムを上げたいのならば、その分きっちり走り込まねばならない。「らっきょを食べれば早くなる」と言われれば、僕はいくらでも、らっきょを食べる。だが、そんな一足飛びの解決法は存在しないのだ。

 普段の僕では考えられぬほど、地道にコツコツと街を走る。NHK、7km。日テレ汐留、12km。TBS、10km。テレ朝、8km。フジテレビ、14km。テレビ東京、天王洲スタジオ、8km……。これは家までの距離。夜、番組の収録を終えた僕は、家まで走って帰る。

 羽田空港、18km。新横浜、16km。中央高速、調布インター、15km。時間があれば、ロケ帰りにも走って帰る。

 「なぜ、そうまでして走るのか」というのは、多くの人がランナーに抱く素朴な疑問。その答えは、せっせと走るランナー自身にも分からない。

 スタート前の緊張感。不安を抱えながらスタートラインを切る。5km、体がだんだん温まってくる。10kmを過ぎる頃には、足は軽やか絶好調。このままどこまででも、走って行ける気がしてくる。15km、ふと自分は何の為に走っているのかと、客観的に自分を眺めたりもする。20km、足が痛む予感がしてくる頃。25km何が楽しくてマラソンを走っているのかと後悔したりもする。30km、足に痛みを感じ始めたら、走っているのを忘れるために、楽しい事を考えよう。35km、自分は石だと思う。少しでも前に転がるだけ。40km、あと少し、あと少し。41km、……。やっぱりレース中、楽しい時間は、決して多くない。

ゲロッ、ゲロッ。なんじゃ、こりゃ

 スピード練習を取り入れ、ランニングフォーム改善を意識し、一週間の禁酒で臨んだ2015年「横浜マラソン」。自分的には、最高のパフォーマンスを実現できた。狙い通りのペース配分。最後まで余力を残し、ゴール前にはスパートを決めてのゴール。やったね記録は3時間56分01秒。僕はついに念願の“サブ4”入りを果したのだ。

 ところが、ところが。三週間後の大ニュース。

 「大会当日に公認コース検定を行った結果、フルマラソンは186.2m距離が不足していたため、日本陸連公認コースとはなりませんでした」

 ゲロッ、ゲロッ。なんじゃ、こりゃ。

 でも僕は、“サブ4”を今後も名のり続けるからね。

石原良純(いしはら よしずみ)
俳優・気象予報士
石原良純(いしはら よしずみ)  1962年1月15日生まれ。神奈川県逗子市出身。慶応義塾大学経済学部卒。テレビ、舞台、映画など幅広く活躍。趣味はマラソン。自宅から10キロ先の所属事務所まで走って通うことも。