土手のサイクリングロードで試走
というわけで、僕はこの靴を多摩川の河川敷に持っていき試走することにした。土手のサイクリングロードならば、段差も急な曲がり角もない。

いつもの多摩川のゴルフ練習場に車を停めて、ジョギングウエアに着替える。大丈夫、走った後はゴルフの練習もちゃんとするから。顔なじみの練習場のおじさんに、文句を言われたりはしない。
厚底シューズを履いてサイクリングロードに出ると、どこか身が引き締まる。ピンクの靴を履くランナーは、皆から注目を浴びているに違いない。靴の性能に見合った走り方をしなければと気合いが入る。
僕の走り方の最大の欠点は、足が上がっていないこと。地を這うようなゴロとはいうが、僕の走りはまさに地を這うように見えるらしい。1年に一度くらい、アスファルトの歪んだ小さな膨らみに、ロクに上がっていない足裏が引っかかり転ぶことがある。何も障害物のないところで突然、走ってきた人がゴロリと転ぶ。道行く人は、ただただ不思議そうな目で道に横たわる僕を見下ろしていた。
ピンクの靴を履くランナーは、そんな醜態を演じるわけにはいかない。ももを高く上げることを意識して、大きく手を振り、下っ腹を薄く、大きなストライドでサイクリングロードを駆け出した。
楽なのに速く走れる不思議
上体を少し前に傾ければ、ソールの反り具合に従って体が自然と前に進み始める。トン、トン、トンと3回、ステップを踏んだだけでスピードがガツンと上がる。いつもとは比べ物にならない急加速は、正しく厚底シューズのなせる技だ。
トンとシューズで地面を突けば柔らかな反動でスーッと靴が足を押し上げてくれる。それと同時に、反対の足を前傾した姿勢に従って前方へ送り出してやればいい。一歩一歩が大きなストライドとなって、ピッチを上げなくてもスピードが上がる。
速い。でも息が上がるわけでもない。いつもと同じリズムで足を動かすだけで、確実にスピードが上がっていく。
最初の1kmが、5分10秒。普段よりも約1分も速い。もも上げだけを意識して、あとは靴任せに足を動かす。次の1kmは、4分50秒。このところ体がなまって4分台のラップを刻んだことがなかった。息は苦しくないのに、スピードだけが上がっていた。5kmのラップが、ちょうど25分。楽々ペースで走ってこのタイムというのに驚いた。
春の多摩川の景色が目の前を流れてゆく。そこで僕は考えた、どこまでこの幸せは続くのだろうかと。42.195kmのフルマラソンは僕の脚力ではこの靴を使いこなせないだろう。でも、約21kmのハーフマラソンならば走れるかも。キロ5分ペースで走り切れれば、自己ベストを更新できる。ハーフは無理でも、10kmはいけるだろうか。芸能人クオーターマラソン大会で記録した、10km40分を30年ぶりに再現できるかもしれない。
と思っていた矢先のこと。あっ、痛い。左太ももの後ろに痛みが走った。過去、ジョギング中にもマラソン大会中にも、こんなところに痛みを感じたことはない。5.5km地点で、僕の足はハイテクシューズの性能についていけなくなってしまったようだ。

いやはや、厚底シューズ恐るべし。
いつの日か、鍛錬を重ねてこの靴を履きこなしてやろうではないか。再起を期した僕は、黙々と初級者用シューズで街を駆け続ける。
春、真っ盛り。桜のトンネルを駆け抜けるのが何より楽しい。
俳優・気象予報士
