日経グッデイ

医学博士 大西睦子のそれって本当? 食・医療・健康のナゾ

痩せない理由は腸内にあり? 腸内細菌叢を整える

食物繊維の多い食事が腸内細菌の良いエサに

 大西睦子

 食、医療など“健康”にまつわる情報は日々更新され、あふれています。この連載では、現在米国ボストン在住の大西睦子氏が、ハーバード大学における食事や遺伝子と病気に関する基礎研究の経験、論文や米国での状況などを交えながら、健康や医療に関するさまざまな疑問や話題を、グローバルな視点で解説していきます。
 今回は腸内で健康を守っている「腸内フローラ」こと「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」と肥満の関係について。

 いろいろダイエットをしているのに、なかなか痩せないと悩んでいる方。もしかしたら腸内細菌叢に問題があるかもしれませんよ。

 米国セントルイスにあるワシントン大学のジェフリー・ゴードン博士らのチームが、「腸内細菌叢が肥満に影響する」という研究成果を科学雑誌「Science」に2013年に報告しました。

腸内細菌叢=腸内に生息する9000兆個以上の微生物群が作る生態系

腸内細菌の状態が体形に大きな影響を与える(©wuk/123RF.com)

 そもそも、腸内細菌叢って、何でしょうか?

 私たちの腸内には、重さにして約1~1.5kg、少なくとも1000種類、9000兆個以上の微生物が生息しています。数だけで言えば地球上の全人口の100万倍以上というすさまじい数です。これらの微生物群が織りなす生態系を、腸内細菌叢あるいは「腸内フローラ」と言います。

 腸内細菌叢は、アレルギーや皮膚疾患、脳、神経系疾患など、さまざまな疾患に大きな影響があることが明らかになってきましたが、何と言っても、肥満との関係が注目されています。

 ゴードン博士らは2006年に、腸内細菌叢が肥満のリスクに影響することを報告。その後、栄養失調にも、腸内細菌叢が関与することを報告しました。

 博士らのチームは、腸内細菌叢と肥満に直接関係があるかどうかを評価するため、1人が肥満で、もう1人は痩せているという、双子のペアを募集しました。これは双子であれば食生活や遺伝子が似ていて、肥満の原因が腸内細菌叢である可能性を絞り込みやすいという理由からで、最終的に、4組の女性の双子が選ばれました。

■参考文献
ロバルト・ヘルス「肥満も栄養失調も、原因は腸内細菌?

肥満の人の腸内細菌を移植されたマウスはより多く脂肪が蓄積

 研究者らは、それぞれの双子から腸内細菌を集めて、無菌のマウスの腸に移植。肥満の人からの腸内細菌を移植したマウス群と、痩せた人の腸内細菌を移植したマウス群を用意します。この両群のマウスは、標準的なエサ(同内容・同量)を摂取するようにします。その結果、肥満の人から腸内細菌を移植された無菌マウスは、痩せた人の腸から細菌を与えられた無菌マウスに比べて体重が増加し、より多くの脂肪が蓄積しました。

 エサの条件が同じであるということは、この相違が、体内に入ってきた栄養素の代謝を変化させる、腸内細菌によって引き起こされているはずということになります。

細菌叢の戦いに勝つのは、痩せた人の腸内細菌

 研究者らはさらに、2つのグループのマウスを一緒のケージに収容しました。マウスは糞を食べるのですが、そうなるとこれら2つのグループのマウスは、意図せずお互いの微生物によって、影響を受け合います。ゴードン博士は、これを“細菌叢の戦い”と呼んでいますが、この戦いの結果、肥満の人から腸内細菌を移植された無菌マウスは、痩せた人の腸から細菌を与えられた無菌マウスの細菌叢の影響で、体重が減りました。ところが、痩せた人から腸内細菌を移植された無菌マウスは、肥満の人からの腸内細菌の影響を受けませんでした。

 なぜでしょうか? 肥満の人は細菌叢の多様性が少なく、特定の菌種に偏るという報告があります。これに対し、痩せた人の細菌叢は多様性に富むため、肥満の人の細菌叢を一方的に侵略できることが要因と推測されます。

腸内細菌を交換しても、食事を変えなければ減量に効果なし

 ではなぜ、一般には、伝染病のようにマウスの痩せは広がらないのでしょうか?

 重要なのは、この研究が「食事に左右されるもの」だったことです。

 2つのグループのマウスを一緒のケージに収容させた際も、与えた食べ物によって結果に違いが出ました。食物繊維が多く飽和脂肪酸の少ない、健康的な食事を与えたときは、痩せた人の腸から移した細菌の影響をうけた肥満マウスは、体重が減少しました。

 ところが、食物繊維が少なく飽和脂肪酸を多く含む、典型的な西洋食を与えたときには、 痩せマウスと肥満マウスは互いの腸内細菌の影響を受けないように見えたのです。要するに、腸内細菌を交換しても、食事を変えなければ減量に効果はないと考えられます。

食事で腸内細菌叢を変えるには、どのくらい時間がかかる?

 ここで、「よし、健康的な食生活に変えて腸内細菌叢を変えよう!」と思われた方、どのくらいで効果がでるか気になりますよね。

 ハーバード大学のターンバウ博士らは、食事を「完全な動物性食品(肉、卵やチーズなど)」から、「完全な植物性食品(穀物、レンズ豆、野菜や果物など)」に、あるいはその逆に変えると、腸内細菌叢は、なんと1日足らずで変化すると報告しました。

 例えば、動物性食品の食事を摂ると、胆汁に耐性のある細菌、ビロフィラ・ワーズワーシア(Bilophila wadsworthia)が増えていました。ビロフィラ・ワーズワーシアは、炎症性の腸疾患との関係が示唆されている細菌で、この変化が私たちの健康にどのような影響を与えるかは、次回の研究成果が期待されますが、食物繊維の多い、バランスのとれた食事が、私たちの腸内細菌叢のよいエサになることは明らかです。

 ちなみに、タンパク質や脂質の多い、低炭水化物ダイエットも、腸内細菌叢には良い影響を与えないようですね。

腸内細菌叢を利用した「痩せ薬」も出てくる!?

 ところで、腸内細菌叢を利用した「痩せ薬」って可能なのでしょうか?

 最近、大手の製薬会社が、腸内細菌叢を利用した治療薬の開発を進めています。

 米国セカンドゲノム社は、製薬メーカーであるファイザー社と提携し、大規模な観察研究によって、腸内細菌叢と肥満や代謝疾患の関係についての研究を行うことを2014年5月に発表しました。さらにこの研究により、腸内細菌叢が、肥満などの治療薬のターゲットになる可能性があります。科学の進歩の速さには本当に驚かされますが、とはいえ研究はこれからといったところ。すぐに夢のような「痩せ薬」ができることはなさそうですね。

 つまり私たちが、今すぐ今年の夏に向けてできるとこは、食生活を改善し、健康的な腸内細菌叢で、肥満やメタボリックシンドロームの予防することですね!

大西睦子(おおにし・むつこ)
大西睦子(おおにし・むつこ) 医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
日経トレンディネット2014年5月16日付け記事からの転載です。