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医学博士 大西睦子のそれって本当? 食・医療・健康のナゾ

「砂糖税」は日本でも導入が検討!? 本当に肥満対策になる?

メキシコや米バークレー市で始まった砂糖税の効果

 大西睦子

 食、医療など“健康”にまつわる情報は日々更新され、あふれています。この連載では、現在米国ボストン在住の大西睦子氏が、ハーバード大学における食事や遺伝子と病気に関する基礎研究の経験、論文や米国での状況などを交えながら、健康や医療に関するさまざまな疑問や話題を、グローバルな視点で解説していきます。
 2015年3月、世界保健機関(WHO)が肥満や虫歯の予防のため、砂糖などの糖類を、1日の摂取カロリーの5%未満、つまり平均的な成人で25g(ティースプーン6杯分)に抑えるべきだという新指針を発表し話題を集めました。これに背中を押されてか、各国で「砂糖税」への関心が高まっています。さっそく見ていきましょう。

肥満対策の1つとして議論される砂糖税

WHOは、糖類の摂取を平均的な成人で25gに抑えるべきという新指針を発表しました。各国で、肥満対策として「砂糖税」への関心が高まっています。(©Buppha Wuttifery -123rf)

 今回は、砂糖税に関するお話です。

 日本では、1901(明治34)年に、砂糖は贅沢品とされ、砂糖消費税が課されていました。その後、1989(平成1)年に消費税導入に伴い、砂糖消費税は廃止されました。ところが最近では、砂糖は贅沢品というより「毒」と言われるほどの、肥満問題の敵となりました。

 現在、米国では肥満対策の1つとして、砂糖税の導入が議論されています。日本でも2015年6月、厚生労働省による「保健医療2035提言書」の中で、保健医療財源を確保するために、「既存の税に加えて、社会環境における健康の決定因子に着眼し、たばこ、アルコール、砂糖など健康リスクに対する課税」を検討していくべきと記されるなど、糖分摂り過ぎに対する危機感は高まっています。

 そこで最近特に話題になっている
 [1]メキシコ
 [2]カルフォルニア州バークレー市
 [3]英国
の例を参考に、日本にも砂糖税が必要かどうか考えてみましょう。

砂糖税って何?

 「SIN TAX=罪の税」、と呼ばれる税があります。例えば、タバコやアルコールに課される税のことなのですが、この“罪の税”は、政府が税による収益をあげるだけではなく、消費者がタバコやアルコールを買うのを思いとどまらせようという意図もあります。砂糖税は、このアイデアを砂糖にも適応しようというものです。

 これまで多くの研究で、糖入り飲料の飲み過ぎが、肥満、糖尿病や心臓病のリスクになると示されてきました。2009年、ハーバード大学医学部小児科のデビッド・ルードヴィッヒ(David Ludwig)教授らは、医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(The New England Journal of Medicine)」で、糖入り飲料への課税が、砂糖の消費量を減らし、さらに税の収益を健康促進のプログラムに利用しうると報告しています。

■参考文献
The New England Journal of Medicine「The Public Health and Economic Benefits of Taxing Sugar-Sweetened Beverages

 米国では糖入り炭酸飲料を「ソーダ」と呼びます。砂糖税の主なターゲットがソーダであることから、砂糖税は「ソーダ税」ともいわれます。

 このソーダ税を2014年1月からすでに導入したのが、メキシコです。メキシコのソーダ税は糖入りの飲み物1リットルに対し1ペソ(約6円)。課税による値上げ率は10%でした。

そもそも、なぜメキシコ?

 メキシコでソーダ税が導入された背景には、高い肥満率があります。経済協力開発機構(OECD)によると、メキシコの成人は70%以上が太りすぎで、32%が肥満、子どもの3人に1人が太り過ぎで、OECD諸国において最も深刻な状況です。

■参考文献
Organisation for Economic Co-operation and Development「OBESITY AND THE ECONOMICS OF PREVENTION: FIT NOT FAT

 安全な水の供給に問題があるメキシコでは、多くの人が水の代わりにソーダなどの糖入り飲料を飲んでいます。温暖な気候だということもあり1日の水分摂取量も多いため、メキシコ人の1人当たりのソーダの消費量は他のどの国よりも高くなっています。2015年4月のメキシコの報告によると、平均的なメキシコ人は、1人あたり年間176リットルのソーダを飲んでいます。単純に計算すると、1日平均500mlに相当し、例えば100mlあたり10gの砂糖類を含む飲料だと、飲料だけで50gの糖分を摂ってしまうことになるのです。こうなると、ソーダ税がメキシコで最初に始まったことも、納得できますね。

■参考文献
Centro de Estudios de las Finanzas Publicas「Medidas fiscales y extra fiscales para contrarrestar el consumo de bebidas saborizadas en Mexico

ソーダ税の効果は?

 では、ソーダ税を課したことで、肥満を減らすことはできるのでしょうか?

 これは誰に質問するかによって異なるでしょう。当然、ソーダ税賛成派は、ソーダ税によって肥満が減ると主張しますし、反対派は税金が単純に肥満の解決にはならないと主張するからです。

 ソーダ税賛成派である、ノースカロライナ大学とメキシコの公衆衛生当局が共同で行った研究によると、2014年のソーダ税導入後、ソーダの売り上げ高は平均6%減少。同年12月になると、前年比12%減となりました。特に低所得者層では最大17%も減少していました。

■参考文献
Global Food Research Program @ UNC「Purchases of taxed beverages decline in Mexico after excise tax takes effect

 ところがニューヨーク・タイムズ(The New York Times)によると、メキシコの清涼飲料業界「Anprac」という、ソーダ税反対派は、清涼飲料水の売り上げ高の下げ幅はわずか2%で、賛成派の研究が不必要に貧しい人を傷つけたとして、彼らの調査結果に異議を唱えています。

■参考文献
The New York Times「Mexico Moves to Scale Back a Successful Tax on Soda

 結果、業界の圧力により、メキシコ連邦議会下院で、ソーダ税を半額にまで減税することが承認されたと英紙ガーディアン(The Guardian)は伝えています。

米国ではどうなっているの?

 では米国の状況はどうでしょうか?

 肥満率で見れば、米国はメキシコに類似しています。米国立衛生研究所によれば成人の68.8%が太りすぎ、35.7%は肥満であり、また先ほどのメキシコの報告書によると、米国人の1人当たりのソーダなどの糖入り飲料の摂取量は、年間平均96リットルだと言います。つまり、メキシコと同じような問題を抱えているわけです。

■参考文献
The National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases「Overweight and Obesity Statistics

 マイケル・ブルームバーグ(Michael Bloomberg)氏がニューヨーク市長だった2013年に、ニューヨーク市において大型ソーダの販売禁止を試みたことがありました。しかしこれは失敗に終わっています。米国では他にもさまざまな州や市がソーダ税の導入実現に向けて動いてはいますが、現時点ではカリフォルニア州のバークレー市しか、導入が可決されていません。

 そのバークレー市では2015年に入り、ソーダ税が導入されました。同市のソーダ税も、メキシコのソーダ税と似ています。どちらも販売店が税金を支払い、どちらもソーダの量あたりの税が課されます。メキシコは1リットルに対して、1ペソの課税ですが、同市では糖入り飲料 1オンスあたり1セント、例えば20オンス(約600ml)あたり20セント(約21円)を支払うことになります。またどちらのソーダ税も、乳製品やレストランでの糖入り飲料は課税の対象になりません。両者の違いは、メキシコと米国の政治制度の違いになります。メキシコは、より国家レベルで法制化が進められるのに対して、米国は市や州などの地方レベルで制定される点です。

バークレー市のソーダ税の評判は?

 コーネル大学のテッド・ボッシャ(Ted Boscia)氏は、コーネル大学とアイオワ大学の調査をもとに、バークレー市のソーダ税は機能していないと批判しています。その大きな理由は、
 [1]住民は、バークレー市外にソーダを買いに出かける
 [2]ソーダ税のためソーダの値段が高くなっても、販売価格を上げない店がある
 [3]人気商品であるソーダの値段を上げて顧客を減らしたくない店側が、その分、別の商品の値段を上げた収益からソーダの税を払うため、税収が上がってもソーダの販売数が減らない
ことが挙げられます。

 ちなみに、バークレー市は、平均所得が、平均的なメキシコに比べてはるかに高い地域です。ソーダの価格が10~20%高くなっても、それほど消費量に影響しないことも考えられます。

■参考文献
Cornell Chronicle「Study: Berkeley soda tax falls flat

英国でも砂糖税の議論が始まる

 砂糖税の話題は、英国でも盛んに報じられるようになりました。

 発端は2015年10月、イギリス公衆衛生局(Public Health England)がまとめた報告書です。ここには英国人の、砂糖の摂取過多が肥満や病気の原因となっていること、またそれに対する取り組みが提案されています。

■参考文献
Public Health England「Sugar Reduction: The evidence for action

 提案は8つありますが、英メディアでは、特に砂糖税(ここでは砂糖がたくさん含まれている食品や飲み物に、10~20%の課税をすること)が注目を浴びています。ただし、BBCによると、デビッド・キャメロン首相(当時)のスポークスマンは、首相は砂糖税を導入する意思がないと表明しています。

■参考文献
BBC「Sugar tax and offers ban 'would work’

税金で、私たちの肥満の原因となる食習慣は変えられる?

 メキシコやバークレー市のソーダ税の開始後、ソーダの売り上げばかりが議論されていますが、肥満は改善したのでしょうか?

 実は、メキシコではソーダをやめた人は、同じだけ糖分が含まれるオレンジジュースを飲んでいるかもしれないという問題があり、この点は未解決のままです。メキシコにおける取り組みが、メキシコにおける肥満問題を解決できるかは、長期的な観察が必要です。

 非常に興味深いのは、ニューヨークタイムズ紙に報告された米フィラデルフィア市の取り組みです。清涼飲料水の業界は、イメージの向上のロビー活動ために、フィラデルフィア市小児病院に1000万ドルの寄付をしました。そのためフィラデルフィア市では、市議会でソーダ税は可決しませんでした。ところがフィラデルフィア市では、学校での甘い飲料の販売を禁止し、公共の場において自動販売機の設置を制限しました。さらに公立の学校で、子どもたちに栄養の授業にて教育をうながし、市は、健康な食品の販売に優遇処置を配慮するようになりました。また、メニューの栄養表示、テレビやラジオの広告を通じて、親に子どもに甘い飲み物を与えることを考え直すことを奨励しました。

 こうして、フィラデルフィア市では、10代の若者が1日に摂取する甘い飲み物の割合が、2007年の31.1%から、2013年までに23.7%に低下しました。同じ時期の7年間に、フィラデルフィア市では、小児の肥満が21.7%から20.3%に、重度の肥満が8.5%から7.3%に減少しています。つまり、フィラデルフィア市における成功は、ソーダ税ではなく市の健康促進のための政策によるものだったのです。

■参考文献
The New York Times Company「The Decline of ‘Big Soda’

 厚生労働省の「平成25年国民健康・栄養調査結果の概要」によると、40~60代男性の約3人に1人は、ボディマス指数25以上の「肥満」という結果が出ています。ただしWHOや米国だとボディマス指数25以上は「過体重 」で、30以上が「肥満 になります。つまり、日本の肥満問題は、欧米に比較すると深刻ではありません。

■参考文献
厚生労働省「平成25年 国民健康・栄養調査結果の概要

 ただし、全国清涼飲料工業会のデータによると、日本人1人あたりの清涼飲料水の消費量は、2005年の約140リットルから、2014年には約158リットルに増加しています。日本でもメキシコや米国に劣らず、多くの清涼飲料水が消費されているのです。

■参考文献
全国清涼飲料工業会「1人あたりの消費量推移

 多くの方が実感されると思いますが、一般的に、食習慣を変えるには時間がかかるものです。肥満対策の根本は、罪としてのソーダ税や砂糖税を強いるより、私たち一人ひとりが、健康にとって何が良い食品か理解し、バランスの良いヘルシーな食生活を楽しむことだと思います。砂糖の摂取が、罪として税を課されるより、バランスの良いヘルシーな食生活を楽しむほうが、肥満対策として有効だと思います。

大西睦子(おおにし むつこ)
医学博士
大西睦子(おおにし むつこ) 東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
日経トレンディネット2015年12月1日付け記事からの転載です。
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