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医学博士 大西睦子のそれって本当? 食・医療・健康のナゾ

水の一気飲みに注意! 1日にどれぐらい、どう飲めばいい?

運動中の飲み過ぎでも水分不足でも死亡事例が…

 大西睦子

 食、医療など“健康”にまつわる情報は日々更新され、あふれています。この連載では、現在米国ボストン在住の大西睦子氏が、ハーバード大学における食事や遺伝子と病気に関する基礎研究の経験、論文や米国での状況などを交えながら、健康や医療に関するさまざまな疑問や話題を、グローバルな視点で解説していきます。
 真夏日どころか猛暑日になることも多々あるこの時期。熱中症、熱射病対策が叫ばれ、水分補給が促されていますが、ではいったい、どれくらい飲めば健康上、問題がないのでしょうか?

軽度の脱水でも頭痛、神経過敏、身体能力、認知や感情の機能に重大な影響

十分な水分補給は、体の循環、代謝、体温調節そして廃棄物の除去など、健康維持のために必須だ。(©PaylessImages-123RF)

 暑い日が続きますね。しっかり水分補給していますか?

 ハーバード公衆衛生大学院の研究者らは、2015年8月号の「米国公衆衛生ジャーナル(American Journal of Public Health)」に、米国の子どもや若者の半分以上が、水分補給が十分ではないと報告しました。

 研究者らは、2009年~2012年の間、国民健康栄養調査に参加している4000人以上の男女(6~19歳)を対象に、尿の濃度の指標である尿浸透圧のデータを使用し、十分に水分補給できているどうかを調査しました。その結果、米国の子どもや若者の半分以上、特に女子に比べて男子は1.76倍、水分補給が不十分でした。また参加者のほぼ4分の1が、水分補給のために、普通の水を全く利用していないことも分かりました。

 十分な水分補給は、体の循環、代謝、体温調節そして廃棄物の除去など、健康維持のために必須です。軽度の脱水でも、頭痛、神経過敏、身体能力、認知や感情の機能に重大な影響をおよぼす可能性があります。

1日、どれだけの水を飲めばいい?

 この質問、以前のコラムでもご紹介しましたが(関連記事)、米国では「少なくとも、1日にグラス8杯(約2L)の水を飲みましょう」というルールがあります。ただしこのルール、科学的な根拠がありません。

 そんな中、2015年7月1日、ハーバード大学医学部の発行する「ハーバードヘルスレター(Harvard Health Letter)」は、「健康な人は、1日あたり約1~1.5Lの水分補給が必要」という、これまでのルールより少ない基準を示したのです。

■参考文献
Harvard Health Letter(back issue)「The importance of staying hydrated

 喉の乾きを感じることは、私たちが生きるための本能です。従って、1日あたり約1~1.5Lの水を、一気に飲むのではなく、喉が乾いたらその都度少しずつ飲むことが重要です。

加齢とともに喉の渇きを感じにくくなり、腎臓は水分除去能力を失う

 ただし、ハーバード大学医学部腎臓専門医のジュリアン・シーフター(Julian Seifter)教授は、高齢者の水分補給について注意を促しています。「高齢者は、若いときのようには喉の乾きを感じなくなっています。特に利尿剤などの薬を使用していると、脱水の原因となります」。

 脱水の警告サインは、濃い色の尿、皮膚の乾き、衰弱、脱力、低血圧、吐き気、めまい、頭痛、混乱や意識障害などさまざまです。

 シーフター教授は「腎臓は加齢に伴い、体から水分を除去する能力を失いますので、1日を通じて少しずつ水分補給することが大切です。水、ジュース、サラダや果物を摂取することを推奨します。水分の多い食べ物から徐々に水分を補給するのが重要です」と助言しています。

炎天下、アスリートでも水分補給せずに運動すると数時間で死に至る

 2Lから1.5Lへと、これまでより水分補給の基準が少なくなったとしても、運動時はまた異なります。

 ジョージ・ワシントン大学のランドール・パッカー(Randall Packer)教授は、「サイエンティフィック・アメリカン(Scientific American)」誌上で次のように警告しています。

暑い日に車に子どもを置き去りにしたり、アスリートが炎天下で水分補給なしに運動すると、脱水と体温の上昇のため、数時間以内に死に至ります。また環境が整っていても、成人は水なしでは1週間程度しか生存できません。

 健康の維持には、水分バランスの維持が必須です。

 高温で激しい運動をすると体温が上がり、汗をかきます。その汗を蒸発させることで、人間は体全体を冷却します。極端な条件下では、1時間に1~1.5Lの汗を失う可能性があります。そして失った水分が補給されないと急速に体液が減り、循環血液量の低下をきたします。循環血液量が減ると、血圧が下がるため、それを防止するために発汗が停止し、体温が上がってしまいます。

 実際に脱水と体温の上昇のため、毎年多くの人が緊急治療室に搬送されます」

■参考文献
SCIENTIFIC AMERICAN「How long can the average person survive without water?

 メイヨー・クリニックの情報によると、汗をかくような運動や活動をする人は、短時間の運動の場合でも、運動をしていないときより400~600mLほど、多めに水分を摂る必要があります。またランニングやマラソンなど、1時間以上の激しい運動をする場合は、さらに多く水分を補給する必要があります。

 必要な水分補給量は、運動の種類と持続時間と発汗の量で変わるのです。

■参考文献
MAYO CLINIC Healthy Lifestyle Nutrition and healthy eating「Factors that influence water needs

飲み過ぎは、かえって体に害がある…死に至ることも!?

 ただし過剰な水分補給も問題です。

 世界中の17人の専門家が集まり、安全に水を飲むための新しいガイドラインを作成し、2015年7月号の「臨床スポーツ医学(Clinical Journal of Sport Medicine)」に掲載しました。

 この報告では、運動中に喉の渇きを超えて水を飲むことの危険性を警告しています。

 特にアスリートは、一気に大量の水分を補給して、運動による低ナトリウム血症(exercise-associated hyponatremia:EAH)をきたす危険があります。低ナトリウム血症は、血液中のナトリウムの量が低くなり、血液中の浸透圧が低下する現象です。すると、浸透圧の低い血液(細胞外)から細胞内に水が移動して細胞が膨らみ、脳の浮腫(むくみ)などをきたします。

 EAHの症状は、立ちくらみ、めまい、吐き気、むくみ、体重増加、重症例では、嘔吐、頭痛、錯乱、興奮、せん妄、けいれん、および昏睡をきたす可能性があります。一般には無症状のEAHが圧倒的に多いですが、1981年以降、少なくとも14人のマラソンランナー、サッカー選手などが、EAHにより死亡しています。原因は、運動中の水やスポーツドリンクの飲みすぎに起因しています。

 EAHの危険因子は、以下になります。

[1]水やスポーツドリンクなどの水分の過剰補給
[2]運動中の体重増加
[3]4時間以上の運動
[4]不慣れなイベント参加や不十分なトレーニング
[5]ゆっくりとした運動(発汗以上の水分補給)
[6]ボディマス指数(BMI)の高い人と低い人
[7]容易に飲み物が手に入る環境

 また、甲状腺の病気、心臓、腎臓や肝臓の病気がある人は、水を飲み過ぎる可能性があります。非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)などの薬は、体内にナトリウムや水の貯留をきたし尿が減ることがあります。また、いくつかの抗うつ剤の副作用として排尿障害がありますので、医師に適量を確認してください。

 結論として、水分補給は、多すぎず、少なすぎず、喉の乾きに応じて補給するのが鍵です。高齢者の方は、喉の乾きを感じにくくなりますので、一日を通じて水分補給に注意して、脱水を予防しましょう。

大西睦子(おおにし むつこ)
医学博士
大西睦子(おおにし むつこ) 東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
日経トレンディネット2015年8月3日付け記事からの転載です。