日経グッデイ

医学博士 大西睦子 食・医療・健康のナゾ

結局、何を食べればいいの!? 高まる「食への不安」

「米国人のための食生活ガイドライン」改訂の波紋

 大西睦子

食、医療など“健康”にまつわる情報は日々更新され、あふれています。この連載では、現在米国ボストン在住の大西睦子氏が、ハーバード大学における食事や遺伝子と病気に関する基礎研究の経験、論文や米国での状況などを交えながら、健康や医療に関するさまざまな疑問や話題を、グローバルな視点で解説していきます。2016年初めに発表された「米国人のための食生活ガイドライン」は米国で大きな波紋を呼びました。今回は、米国で話題になっている「食」に注目して解説します。

「米国人のための食生活ガイドライン」があてにならない!?

「米国人のための食生活ガイドライン(DGAs)」の新版は米国で大きな波紋を呼んだ。(c)magone -123rf

 健康にまつわるさまざまな不安の声が米国で高まっています。今回は、その中から「食」についての話題をご紹介します。

 2015年2月、5年ごとに更新される「米国人のための食生活ガイドライン(Dietary guidelines for Americans:DGAs)」草案が発表されました。この草案におけるコレステロールの摂取制限の撤廃は、日本でもニュースになりましたよね。そして「日本人の食事摂取基準(2015年)」においても、「コレステロールの摂取量は控えめ」という表現にとどまり、以前のような“抑制目標値”を撤廃しています。ところでその後、このDGAs草案はどうなったのでしょうか?

 実は、議会の公聴会や、約3万にも及ぶパブリックコメントを含む多くの公開討論を経て、ようやく2016年1月7日、新しいDGAsが発表されました

 肥満、糖尿病や心臓病の頻度が高い米国では、何を食べるべきで、何を食べるべきでないかという問題に、多くの人が高い関心を持っています。そのため、毎日の健康的な食品の選択のために、新しいDGAsの発表に大きな期待が寄せられていました。またDGAsは個人の食生活だけでなく、学校給食のメニュー、食品の栄養表示、栄養士の推奨事項や公共の栄養プログラムなどにも大きな影響を及ぼすので、注目度が高いのです。

 ところが、待ちに待った新しいDGAsの発表直後から、あちこちから批判や混乱の声が上がっています。ニューヨークタイムズ紙では、米政府が作成した2015年のDGAsは、政治的意図や、食品産業のロビー活動の影響が入りすぎていて、米国民の健康を助けないだろうと伝えています。

■参考文献
The New York Times「What’s New in the Dietary Guidelines

赤身肉の摂取削減など科学的根拠に基づく事柄が消えた!?

 実は、2015年2月に出されたDGAs草案における検討委員会による推奨事項と、今回発表された最終版のDGAsには顕著な違いがありました。

 栄養疫学研究の第一人者であるハーバード大学ウォルター・ウィレット教授は、ボストングローブ紙に対し「多くの人がDGAsに混乱しています。慢性疾患を防ぐために、ソーダのような糖入り飲料や、赤身肉や加工肉の摂取を減らす必要があることは科学的根拠に基づいており明白です。ところがどちらも最終的なDGAsに含まれていないのです」とコメントしています。

■参考文献
The Boston Globe「Nutrition experts criticize new federal dietary guidelines

 一方、DGAsの検討委員会のメンバーの1人である、ハーバード大学フランク・フー教授は、同大学の学内ニュースで、DGAsが改善した点と問題点を、以下のように評価しました。

【改善点 1】糖分摂取の上限の設定

 2015年版のDGAsは、これまでのガイドラインとの違い、「1日の摂取カロリーのうち、食品に添加する糖分のカロリーは10%以下に抑えること」という、糖分摂取の上限を設定しました。DGAsが、糖分の摂取量の上限を設定するのは初めてのことです。

 ちなみに、添加された糖分とは、果物のような食品に自然に含まれる糖分に対して、清涼飲料水、ケーキ、クッキーやキャンデーのような食品を加工するときに加える糖分を示します。ただし実際、10%以下といわれても、それぞれの加工食品に、どれだけ糖分が含まれているのかは分かりにくいですよね。そこで米食品医薬品局は、これまでは食品に含まれる糖分をすべて一緒に表示していましたが、今後、食品に添加した糖分を別に表示する予定です。

【改善点 2】低脂肪ダイエットではなく、低飽和脂肪酸ダイエットへ

 これまでのガイドラインとの違い、総脂肪摂取量の上限が削除されました。そして不飽和脂肪酸、特に多価不飽和脂肪酸の摂取をより重視しています。ただし、「1日の摂取カロリーのうち、飽和脂肪酸からのカロリーは10%以下に抑える」ことが設定されました。つまり低脂肪ダイエットではなく、低飽和脂肪酸ダイエットを心がけるということです。

【改善点 3】カロリー総摂取量よりヘルシーな食事パターンを重視

 DGAsは、カロリーの総摂取量や特別な食品の制限よりも、地中海式ダイエットやベジタリアンダイエットのような、ヘルシーな食事のパターンを取ることに重点を置いています。これらのパターンは、それぞれの文化や好みに応じて適応できるのが優れているところです。つまり、変に欧米式のダイエットを取り入れなくても、ヘルシーな食材を用いた和食を取るようにすれば良いのです。

 また、1日3~5カップ(1カップ=8オンス、約240ml)の適度なコーヒーの摂取は、ヘルシーな食生活の1つとみなされます。ただし、砂糖とクリームを入れ過ぎには注意してください。

【問題点 1】加工肉、糖入り飲料の摂取制限が消えた!

 加工肉は塩分や飽和脂肪酸が含まれるのに、新しいDGAsでは、ヘルシーな食生活に含めてもよいといいます。これに対してフー教授は、慢性疾患の予防のために、赤身肉と加工肉の消費を減らすという検討委員会の報告と矛盾していると指摘します。

 またフー教授は、糖入り飲料の摂取を減らすという推奨事項が、ヘルシーな飲み物を選びましょう、という推奨事項に弱められていることも指摘しています。

【問題点 2】食の環境問題に触れていない

 植物由来の食事は、動物由来(特に赤身肉)の食事に比べて、身体の健康だけでなく環境への影響が少ないことが分かっています。ところが、今回のDGAsに、そのような環境問題は特に触れられていません。

■参考文献
Harvard T.H. Chan School of Public Health「Assessing the new U.S. dietary guidelines

 ということで、新しいDGAsの発表は混乱を招いているわけです。

 食生活の欧米化に伴い、日本でも肥満や生活習慣病が増加しており、DGAsは日本人にとっても他人事ではないものになってきています。とはいえ新しいDGAsの解釈には注意が必要です。次の2020年のDGAsは、政治的意図、食品産業のロビー活動の影響がなくなることを期待しましょう。

 さて、もう一つの米国民の不安は、食の安全についてです。

食の安全はどうなる!?

 2015年12月18日、米国農務省トマス・ヴィルサック長官は、「牛肉や豚肉製品の原産国表示制度を撤廃する」という声明を発表しました。

 これまでは米国でも日本のように、食肉の原産地の表示が義務付けられていましたが、今後、米国では食肉の生まれ育った国や、処理された場所が分からなくなるのです。

 そもそも発端は、カナダやメキシコが、米国の原産国表示制度が肉の輸入の差別となり、世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)のルールに違反すると主張したことにあります。WTOは、自由貿易の促進を目的として貿易に関するさまざまな国際ルールを定める機関である世界貿易機関です。そのWTOが、食肉原産国表示制度は貿易の不公平になると主張し、表示を廃止しない場合、カナダとメキシコが米国の肉製品に10億ドル以上の報酬関税を課することを許可したのです。

■参考文献
World Trade Organization「United States - Certain Country of Origin Labelling (COOL) Requirements

 多くの米国人は米国産の食品を好み、その安全性を信頼してきました。それだけにこのニュースは、米国内での食の安全性への不安を高めています。

大西睦子(おおにし むつこ)
医学博士
大西睦子(おおにし むつこ) 東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
日経トレンディネット2016年2月1日付け記事からの転載です。