日経グッデイ

医学博士 大西睦子のそれって本当? 食・医療・健康のナゾ

健康にはいいけど汚染が心配!? 魚は食べるべきか避けるべきか

大型魚に偏った食生活には要注意

 大西睦子

食、医療など“健康”にまつわる情報は日々更新され、あふれています。この連載では、現在米国ボストン在住の大西睦子氏が、ハーバード大学における食事や遺伝子と病気に関する基礎研究の経験、論文や米国での状況などを交えながら、健康や医療に関するさまざまな疑問や話題を、グローバルな視点で解説していきます。
魚介類消費量の減少が取りざたされて久しい日本ですが、魚が今も重要な食材であることは間違いないでしょう。
今回はそんな魚を食べるメリットとリスクについて解説します。

魚を中心としたヘルシーな和食が長寿の秘訣と考える米国人

魚は栄養価の高さが魅力だが、汚染の影響は心配?(©hermione13/123RF.com)

 魚の栄養のすばらしさについては、健康意識の高い人々の間ではもはや常識になりつつありますよね。

 オメガ3脂肪酸だけではなく、魚には、良質なタンパク質、ビタミンやミネラルも含まれています。このため、日本人が世界でトップの長寿国を誇る秘訣のひとつは、魚を中心としたヘルシーな和食にあると、多くの米国人は考えています。

 一方で、最近、さまざまな科学者が、汚染された魚を食べることによる健康への影響を懸念しています。私たちは、この相反する問題にどう折り合いをつけ、どう食生活に反映させていくべきでしょうか。

脂肪分の多い魚は心臓病による死亡リスクを低減する!

 ハーバード公衆衛生大学院のモツァファーリアン教授とリム教授は、20の研究(参加者総数は何十万人超)を分析。サケ、ニシン、サバ、イワシなどの脂肪分の多い魚を約85g、週に1~2回(オメガ3脂肪酸にして週に2g)食べると、心臓病による死亡リスクが36%低減すると結論付けています。オメガ3脂肪酸は命にかかわる心臓リズムの乱れを防ぎ、安定させ、血圧や心拍数、血管機能を調整し、中性脂肪の値を下げ、炎症を緩和させる効果もあるとされている不飽和脂肪酸です。

 モツァファーリアン教授とリム教授はさらに、観察的研究と比較対照試験の両方から、魚のオメガ3脂肪酸は赤ちゃんの脳や神経系の発達に重要で、妊娠中や授乳期に魚の摂取が少なくオメガ3脂肪酸が不十分な女性の子どもは、脳の発達が遅れることが証明されているといいます。週に1度ないし2度魚を食べると、脳卒中、うつ病、アルツハイマー病、およびその他の慢性疾患のリスクを減らすともしています。

■参考文献
HARVARD SCHOOL OF PUBLIC HEALTH「Fish: Friend or Foe?

 ちなみに、週に1回程度魚介類を食べるのは米国人としては多いほうで、全体の約3分の1程度の人口に留まっています(米国人の半数以上がまったく、もしくはたまにしか魚を食べません)。一方、農林水産省のデータによると、日本人は1人1日あたり約80gの魚介類を食べているといいます。

 魚を食べる文化は、日本の財産とも言えるでしょう。

 ところが、魚に含まれる汚染物質から、かえって健康に悪影響を受けることを懸念している人もいます。実際は、どうなのでしょうか?

魚食のリスク…残留性有機汚染物質(POPs)とは?

 確かに魚についても、果物や野菜、卵、肉類と同じように、非常にさまざまな化学物質汚染が懸念されています。特に今、最も懸念される汚染物質は、残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants;POPs、ポップス)、そして水銀です。

 POPsは、次のような性質を持った化学物質の総称です。

 [1]環境中で分解されにくく(難分解性)、地球上で長距離運ばれうる

 [2]食物連鎖により生体内、特に脂肪に多く蓄積しやすい(高蓄積性)

 [3]人の健康や生態系に対し有害性がある(毒性または生態毒性)

 代表例として、しばしばゴミの焼却灰から検出されて問題になっているダイオキシン類や、電化製品の絶縁にかつて多用されたPCB(ポリ塩化ビフェニール)、以前は安価で効果の高い除草剤および殺虫剤として広く使われたDDTに代表される有機塩素系(organochlorine;OC)農薬などが挙げられます。

 1990年代後半までに環境や人体への影響が世界的に問題となり、2001年、スウェーデンのストックホルムで、PCBなど12の物質の削減や廃絶等に向けた「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」が採択されました。日本は2002年8月にこの条約を締結し、現在ではPOPsの製造および使用は禁止されています。

 ところが、POPsは意図せず生成されることがあるほか、自然に分解されづらく環境中に長く留まるため、放置された廃棄物から漏出し、人知れず長距離移動して広がっている可能性もあります。また海外では、いまだにPOPsを使用している国があります。

■参考文献
環境省「POPs(Persistent Organic Pollutants)

魚は避けるべきではない?

 では魚食によるリスクはどの程度あるのでしょうか?

 ハーバード公衆衛生大学院のモツァファーリアン教授らは、米国環境保護庁などのデータを検討し、10万人が週2回、70年間養殖サーモンを食べ続けた場合の死亡リスクへの影響を計算しました。

 その結果、ポリ塩化ビフェニール摂取のために24人ががんで死亡する可能性がある一方、少なくとも7000人は心臓病による死亡リスクが下がることが分かりました。また、魚類中のポリ塩化ビフェニールおよびダイオキシンのレベルは、肉、乳製品、および卵のダイオキシンレベルと同様、非常に低く、米国人が食品から摂取するポリ塩化ビフェニールおよびダイオキシン類の90%以上は、肉、乳製品、野菜、そのほか魚以外の食品から摂取されていることを指摘しました。

 以上から教授らは、ポリ塩化ビフェニールおよびダイオキシン類を気にして魚を避けるべきではないと指導しています。ただし、唯一の例外は、知人や家族が地元の川や湖等で釣った淡水魚を食べる場合には、魚ごとに摂取許容量について地元当局の勧告を考慮すべきでしょう。

カニのミソは食べてはいけない!?

 一方、米国カリフォルニア州環境保護庁環境健康有害性評価局(OEHHA)は、より慎重な姿勢を示しています。

■参考文献
OEHHA(Office of Environmental Health Hazard Assessment)「PCBS IN FISH CAUGHT IN CALIFORNIA: INFORMATION FOR PEOPLE WHO EAT FISH

 同局によると、サンフランシスコ湾やその近海の魚の数種から、高濃度のポリ塩化ビフェニール汚染が確認されています。特に、ほかの魚をエサにし、脂肪分が多く、工業地帯の近くで獲れた魚介類にポリ塩化ビフェニールが多く含まれていて、例えば脂肪の多いシログチ(white croaker)からは最高レベルのポリ塩化ビフェニールが検出されました。

 ポリ塩化ビフェニールは、IARC(国際ガン研究機関)では「ヒトに対して恐らく発ガン性がある」物質(2A)に、米国家毒性計画では「ヒトの発ガン物質であると疑われる」(動物実験で発がん性確認)物質に分類されています。また肝臓や消化管、神経を損傷するリスクがあり、生殖や免疫系に影響をおよぼす可能性も指摘されています。さらに母親が妊娠中にポリ塩化ビフェニールにさらされたり、母乳がポリ塩化ビフェニールに汚染されていると、赤ちゃんにポリ塩化ビフェニールが移行することが問題視されています。

 使用禁止措置以降、魚のポリ塩化ビフェニールレベルは減少してきましたが、まだ調査されていない領域から、ポリ塩化ビフェニール汚染された魚が見つかっているため、注意が喚起されているのです。

 ポリ塩化ビフェニール類を含む複数の化学物質は、魚の体の中でも特に脂肪や肝臓などの内臓に蓄積します。OEHHAは安全な魚の食べ方として、ポリ塩化ビフェニール汚染の可能性がある魚は、脂肪や皮膚、内臓を食べないようにし、また、カニやロブスターなどの甲殻類は、柔らかな緑の部分は避けるべきと注意しています。さらに、汚染されていない地域で獲れた小さな若い魚を、偏りなくいろいろ選んで食べることを勧めています。

世界的な大問題になっているメチル水銀

 ご存じの通り日本では、メチル水銀化合物の水環境汚染のため、食物連鎖によって引き起こされた「水俣病」を経験しています。工場排水として排出されたメチル水銀化合物が川や海を汚染し、メチル水銀を多量に蓄積した魚介類をたくさん摂取した人々やその子どもたちは体をむしばまれ、命を落としたり重篤な障害に苦しんできました。

 ところが今やメチル水銀による環境汚染問題は、世界中で大問題となっています。米ハワイ大学、ミシガン大学の研究者らが先日『Nature Geoscience』に報告したところによると、北太平洋の深海に棲息する魚の水銀濃度の上昇が明らかとなり、原因として、中国やインドの石炭火力発電所から排出される水銀の関与が示唆されています。

 米国民健康栄養調査のデータによると、米国では胎児の7.8-15%が過剰な水銀にさらされていることが判明し、妊娠中の魚の摂取に対する注意が促されています。

■参考文献
American Pregnancy Association「Mercury Levels In Fish

妊婦さんは魚の選択は慎重に

 日本では、厚生労働省の規制の対象は、妊婦が注意しなければならない魚種は、メチル水銀の濃度が高い可能性があるマグロ類(マグロ、カジキなど)、サメ類、深海魚類、鯨類(歯鯨、イルカ)で、それ以外の魚類を控える必要はなく、むしろ積極的に魚介類は食べたほうが健康に良いと考えられています。

 魚の汚染物質に対する見解は、専門家によっても、意見が分かれるようですが、ここまでの研究成果をまとめると、妊婦さんは魚の選択は慎重にすべきですね。また、一般の成人は、いろいろな種類の魚を摂取することが、ポイントだと思います。例えば、お寿司はさまざまな種類の魚介類を食べることができるのでお薦めですが、毎日マグロ丼ばかり食べるのは控えるべきでしょう。

大西睦子(おおにし・むつこ)
医学博士
大西睦子(おおにし・むつこ) 東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
日経トレンディネット2014年7月18日付け記事からの転載です。