味覚の一番大事な役割は有害物を感知することだった
精巧なシステムに思える味覚だが、ほかの感覚と比較すると、アバウトな側面もあるという。
「嗅覚と比べれば、味覚は大雑把と言わざるを得ません。何しろ嗅覚は、300種類以上の受容体を備えているのです」
300種類! それだけの数の受容体があれば、理論的には300種類のにおいを嗅ぎ分けられる。とてつもない分別能だ。
もちろん味覚も、5種類の受容体を最大限に駆使して頑張っている。例えば甘味受容体の表面には甘味成分がつく部位が複数あり、どこにくっつくかで甘さの微妙な差を見分けるという。
1つの受容体が違う味を区別するのはすごいことだろう。でも300種類と比べたら桁が違う…。
「味覚と嗅覚は、もともと役割が違うのですよ」と日下部さん。「生き物にとって本来、嗅覚は、遠くの食べ物や敵を感知する感覚。だから、においの元を精密に区別することに意味があります。一方、味覚は口に入れたものが相手なので、リンゴとナシが区別できなくても、生きていくうえではそう問題ではない。でも腐ったリンゴは、絶対に判別しなくてはいけません」
毒物や腐敗物はたいてい、酸味や苦味を帯びている。それを感知するには、微妙な差を見分けるより、一括りに「毒だ!」と感じるほうがうまくいくのだ。
なるほど~、今の私たちにとって味覚は、食べ物を楽しむためのものだが、その起源は、命を守るメカニズム。味覚が五つの基本味という〝大雑把〟な方式になったのも、元をたどれば生き残るためだったということか。
体に必要な栄養はおいしい! 体調によって味が変わる
さて、残った3つの基本味=甘味、うま味、塩味はどれも、体が必要とする栄養成分の味だ。実はここにも、生き物が生きていくために身につけた、見事な性質があるという。
「体が必要な栄養は、おいしいと感じるのです」
例えば空腹で体がエネルギー不足のときは、脳内物質の作用で甘味の感受性が高まる。すると甘いものがおいしく感じられ、食が進む。満腹になると今度はレプチンというホルモンが働き、甘さの感受性が鈍る。
「体の要求に耳を澄ませば、必要な栄養がおいしく食べられる。昔から言われる通り、“空腹は最高のソース”なんですよ」
(出典:『スゴイカラダ』日経BP社 2014年4月発行)
科学・医療ジャーナリスト

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