日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

走る目的を見直してみませんか?

気軽な“ながらトレーニング”で体を鍛える

 有森裕子=元マラソンランナー

東京マラソンの人気などを背景に、ランニング人口は2080万人に増加し、各種スポーツの中でも高い関心を集めています。特に20~40代の男性の参加が多い一方で、アスリートのような走りを性急に求めすぎた結果、故障をしてしまう人も少なくありません。そんな状況に危機感を抱くのは、五輪マラソンメダリストの有森裕子さん。トップアスリートならではの深いランニング知識を基に、楽しく長く走り続けるためのコツをお届けします。

 秋が深まり、週末になると全国各地でマラソン大会が開催され、多くの市民ランナーで賑わっています。休日に遠出をして、その土地の景色や特産物を楽しみに参加されている方も多いのではないでしょうか。

 一方で、大会に向けて追い込みすぎて足を痛めている方はいませんか? がんばりたい気持ちは分かりますが、「痛みがでたらすぐ練習を止める」。ランニングを長く続けるためにも、このルールをぜひ守ってくださいね。

 さて前回(「こんなランナーにはならないで」)は、ランニングの初心者が陥りがちな〝なんちゃってアスリート”についてご紹介しました。アスリートの練習や走り方などを単純にまねたり、実力以上に追い込み過ぎたりしてケガを負ってしまう人たちのことです。早速、読者から「思い当たる節がある」「参考にしたい」などの感想を頂きました。なかでも、これから大会に参加しようと考えているランニング歴の浅い方々からの反響が大きかったように思います。そこで今回はもう一段掘り下げて、「何のために走るのか」といった走る目的をテーマにしましょう。

 「どうせランニングを始めるなら、長く続けたい」と皆さんは考えていらっしゃると思います。では、そもそも「生涯スポーツ」の目的とは何でしょうか。「やせたい」「仕事を乗り切る体力をつけたい」「健康増進のため」などいろんな目的がありますが、大前提として「健康な体と心を作ること」が挙げられます。にもかかわらず、挫折してしまう人が多いのが現実です。

「笑顔がこぼれるランニングが健康な体と心を作ります」。写真は、「東村つつじマラソン」(2012年3月18日、沖縄県で開催)においてゴールに向かうランナーとハイタッチする1コマ。

 日本人の気質なのか、一度ハマるとストイックにのめり込んでいく人が目立ちます。がんばり過ぎて足を痛めるなど、かえって不健康な体になってしまい、「健全な体と心を作る」といった本来の目的からはほど遠いところで走り続けている人が多いのです。

タイムよりゴールを目指すランナーに

 私自身は「ランニングが好き」というよりは、「何かに一生懸命に打ち込むこと」が昔から好きでした。極端な話、やりがいを持ってがんばることができればランニングでなくてもよかったのです。一生懸命に取り組んで自分を表現できるものがたまたまランニングであり、それを仕事に選んだにすぎません。目的は健康ではなく、世界のトップになるタイムを目指す「競技スポーツ」の世界で生きてきました。

 そんな私たちの走り方や練習内容を一般ランナーたちが見て、「私にもできるかも」とまねしてけがをしてしまうのは、本意ではありません。健康な生活を送れるように長く楽しく走り続けるのが目的の一般ランナーにとって、アスリートのようなストイックさは不要です。長く続けるコツはズバリ、「無理をしない」「タイムを追わない」「厳しいノルマを課さない」というこの3つにあると思います。

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 気分が悪くなったり痛みが伴ったりするまで、自分を追い込む練習は必要ありません。雨の日は休んでいいのです。出張先や旅行先にもランニングシューズやウエアを持っていく人が増えましたが、荷物を増やしてまで「走り続けなければ」と思い詰める必要もありません(ただし、観光目的でゆっくり楽しみながら走るのであればリフレッシュ効果が期待できるのでいいでしょう)。

 大会では、ベストタイムを出すことを追い求め過ぎず、まずはゴールすることを目指しましょう。足が痛ければすぐに棄権する。そもそも無理して大会に出場しなくても、4年に1度しかない五輪ではないのですからチャンスはいくらでも巡ってきます。

ランニングするだけが練習ではない

 平日は思わぬ仕事が舞い込んで残業になったり、取引先との付き合いで時間が取れなかったりすることも多いでしょう。真面目な人ほど練習が継続できなくなると気持ちが沈み、「自分って本当にダメだな…」などと落ち込むこともあるかもしれません。しかし、睡眠時間を削ってまで深夜に走るのは健康的とは決して言えません。時間が取りにくい平日ほど、「あえて走る時間を作る必要はない」と考えるべきです。

 とはいえ、毎日体を動かさないと気持ちが悪いと思う人もいるはず。そんな人には起床してから就寝するまでの日常生活に、「ながらトレーニング」を取り入れるのがお勧めです。

 例えば、通勤経路やオフィスではエレベーターやエスカレーターを使わず、代わりに階段を使えば足腰が鍛えられます。目的地から1つ前の駅で降りて、ウォーキングするのもいいでしょう。可能ならジョギングで通勤する方法もありますし、ザックに飲み物などを入れて走れば短時間でも運動負荷を高められます。電車の中でつり革を持って、かかとを上げ下げするだけでも立派なトレーニングになるのです。

 「1日の中で合計1時間動く時間を作る」と決めて、これらの運動を日常生活に取り入れてみましょう。そうすれば、無理してランニングの時間を作らなくても、案外しっかりと体を動かせるものなのです。

 ランニングの時間を取りやすい週末も同様に、「1時間、体を動かし続けること」を目標にするといいでしょう。まずは10分は走って、50分は気持ちよく歩き続けることから始めてみる。慣れてくると、10分が15分、20分と少しずつ走れるようになります。

 最初は難しく考えず、段階を踏んで自分のペースで運動量を上げてみてはどうでしょうか。「走る技術を磨く」というよりも、「走ることを通じて健康に日常生活を送ろう」という意識に変えるだけで、ランニングに対する考え方が違ってくると思います。

50代ランナーが最も危ない

 同じランニングでも年代によって、意識するべきポイントを変えることが大切です。例えば、30代はパワーで押し切る傾向にあります。仕事も忙しく、結婚や出産などのプライベートの行事も多い。徹夜や飲み会など体を酷使する機会も多いでしょう。若さゆえのパワーでランニングとの両立を図ろうとしますが、やはり無理は禁物です。体に変化が生じやすい年代でもあるので、健康診断の結果を無視せずに、心身のリフレッシュになるようなランニングを心掛けましょう。

 社会的ポジションも確立されつつある40代は、30代と同じくまだパワーで乗り切れる年代だと思いますが、徹夜がつらくなったり、白髪が出て来たりするなど、少しずつ加齢に伴う老化を感じるようになります。地域の運動会に出て肉離れをしたり、じん帯を切ったりする人もこの年代には多いと聞きます。ぜひ40代からは、階段の上り下りといった運動を生活の中に取り入れながら、足腰を鍛える習慣を作ってみてはどうでしょうか。

 50代は最も厄介な世代とも言えます。会社でバリバリと仕事をこなし、メンタル面は充実している世代です。このため、頭の中では30代、40代と同じように体が動かせると思ってがんばり過ぎてしまう傾向があります。しかし、体力や筋力は確実に衰えているため、ケアがしっかりできていないと、大きなけがをしかねません。

 50代でランニングを始められる方は、まず自分の体と向き合い、30代や40代とは違う方法で、慎重に段階を踏んで始めることが大切だと思います。これが60代以上になれば、体の無理が効かなくなるため、比較的ゆっくりと自分のペースで進められている方が多いように思います。

 自分の体の変化と向き合い、現実をしっかり受け止めた上で体を動かしてみる。そうすれば無理することなく走り始めることができ、ランニングは長く続けられるスポーツになると思うのです。

(まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん 1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。