日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 7年ぶりの「脚作り」は 階段&坂道から

メダリストも久しぶりの練習は億劫!?

 有森裕子=元マラソンランナー

東京マラソンの人気などを背景に、ランニング人口は2080万人に増加し、各種スポーツの中でも高い関心を集めています。特に20~40代の男性の参加が多い一方で、アスリートのような走りを性急に求めすぎた結果、故障をしてしまう人も少なくありません。そんな状況に危機感を抱くのは、五輪マラソンメダリストの有森裕子さん。トップアスリートならではの深いランニング知識を基に、楽しく長く走り続けるためのコツをお届けします。

 週末になると全国各地でマラソン大会が開催されるようになり、いよいよマラソンシーズンに突入しました。仕事の予定のほかに、大会や練習の予定を手帳にたくさん書き込んでいるランナーの方も多いのではないでしょうか。11倍を超える抽選倍率の東京マラソンに当選し、ドキドキワクワクしながら練習を始めた、という方もいるでしょう。

 友人や職場の仲間と一緒に各地のマラソン大会にエントリーし、晩ご飯はその土地の特産物を堪能している(またはその予定の)方も多いと思います。ランニングを通じて、観光や食事、仲間や家族との団らんの時間をぜひ楽しんでいただきたいです。

11月8日のおかやまマラソンまであと1カ月余り

 かくいう私も、2007年の引退レース以来のフルマラソン出場まで、約1カ月になりました。私の故郷で初開催となる、11月8日の「おかやまマラソン」の準備をお手伝いさせていただき、大会本番は参加ランナーの皆さんと一緒に42.195kmを走ります。

 これまでこのコラムで走り方や練習方法、走るための心得についてお伝えしてきた私も、いざ自分が走るとなると、重たい腰をなかなか上げられないもの…。自宅の近所には走りやすい緑道や、持久力を鍛えられる温水プールもあり、練習するには恵まれた環境にいるにも関わらず、何だか億劫になってしまい、なかなか走り出せませんでした…。練習する以前に“自分との葛藤”で手一杯だったのです(笑)。

 「有森さんは引退後も毎日走り続けているに違いない」と思われている方がいるかもしれませんが、私は普段、走っていません。私にとってのランニングは、趣味ではなく「競技」という意識が今も強いのだと思います。ただ、フルマラソンではなく、10kmなどの短い距離のランニングイベントでは、参加された皆さんと一緒にゆっくりと走ることはあります。それぐらいの持久力と筋力が残っているレベルです。

まずは練習時間の確保から

 今回はフルマラソンですから、いつものような短い距離を走るイベントに参加するような気持ちでは痛い目に遭います。本来はもっと前からしっかり準備する予定でしたが、仕事にも追われ…。先日「これではダメだ! 間に合わない!」と、やっと重い腰を上げました。まずは仕事を調整し、練習時間をスケジュールに組み込むことからスタート。9月中旬頃から少しずつですが練習を開始しています。

 もちろん、現役時代のようにタイムや勝負を争うために走るのではなく、「皆さんと一緒に楽しく走ること」が一番の目的。だからこそ「ケガをしないように完走すること」が大前提になります。そこで、私が始めた練習の手順を、大まかですがご紹介できればと思います。

体の現状を知ってから走ろう

本格的に走り出す前に、トレーナーに全身の状態をチェックしてもらうことも有効です。(©Wavebreak Media Ltd-123rf)

 とにかく7年ぶりのフルマラソンですから、現役時代とは筋肉のつき方や筋量、姿勢なども異なります。当時の感覚のまま走ってしまっては、必ずケガをします。

 かつて私は、足底筋膜炎で足底の軟骨を除去する手術をしました。一番怖いのが、足底のアーチや関節を含めた古傷が再発すること。本格的な練習に入る前に、まずは旧知のスポーツトレーナーに左右の筋肉のバランスや骨格、筋肉の張りなど体全体をチェックしてもらい、マッサージなどのケアをしてもらいました。

 特定のスポーツトレーナーのサポートを受けていない方であれば、ランニング専門店が実施している「ランニング能力測定」などに申し込むのも、自分の体を知るきっかけになるかもしれません。体格的な特徴やフォーム、脚の筋力などを計測できますので、そういった有料サービスを受けてみるといいでしょう。

 自分の体の現状が分かれば、ランニングフォームは何に気をつければいいか、どの部位を意識してどんなトレーニングをすればいいかが見えてきます。私は過去の経験から、「ここを強化するためには、こんなトレーニングをすればいい」「走る時はここを意識しよう」ということがすぐに浮かびますが、ランニング経験が浅い人は、一度ランニング教室などに行って、専門家に現状を伝え、強化すべき点、トレーニング方法などをアドバイスしてもらうといいかもしれません。

自宅マンションの階段で練習を開始!

 私はこれまで全く練習をしていなかった体を鍛えるため、「脚作り」を行う必要がありました。脚を鍛えるのに一番手軽で効果的な練習は、「階段の上り下り」です。そこで、朝6時頃から自宅マンションの階段を使って、トレーニングを開始。室内だから雨天でも練習でき、早朝にマンションの階段を利用する人も少ないので、絶好の練習場所です。かつかなり高さのあるマンションなので、10階以上の階段をエレベーターを使わずに上り下りするだけでも筋力と持久力が鍛えられます。商業施設や駅などでエスカレーターを使わず、階段を利用するだけでも結構なトレーニングになるでしょう。

階段の上り下りはランナーの脚作りに最適。(©Christopher Nuzzaco-123rf)

 以前、「梅雨時こそランナーの“体づくり強化期間”」でも「階段を使ったトレーニング」をご紹介しましたが、階段の上りで大事なのは、姿勢を正し、膝の向きを真っすぐ前に向けて、上り下りすること。そして、一段踏み込むたびに、腹筋・背筋といった体幹はもちろん、膝回りや大腿後部(太ももの裏)の筋肉、大臀筋を意識することです。

 一方、下りの場合は、膝の向きが真っすぐになるように気をつけながら、リズミカルに下りていくようにします。この階段の上り下りで筋肉に刺激を入れた上で、そのまま外に出て走りに行きます。

体と対話しながら走っていますか?

 私のランニングコースは川沿いの緑道です。早朝であれば、通勤途中のビジネスパーソンも少ないので、走っていて気持ちのいいコースです。

 走っている時も、体との対話は欠かせません。背中は丸まっていないか、階段トレーニングで使った体幹回り、大腿部や臀筋などを使って走れているか、腰の位置を落とさず、上下にぶれていなか、腕は振れているか、足のアーチに痛みはないかなどをチェックしていきます。だいたい時速5~6kmのペースで1時間ほど走ります。現役時代から体との対話を大事にしてきたので、私は音楽を聞きながら走らないタイプですね。

 コースの途中には、長めの上り坂があります。そこを駆け上るだけでも結構なトレーニングです。負荷がかかる坂道こそ、臀部や大腿の筋肉が鍛えられ「脚作り」につながります。もちろん持久力も必要。疲れてくるとフォームが乱れてくるので、息が上がってきた時こそ、崩れやすい姿勢や腕振りなどを意識します。

 階段トレーニングを含めて、トータルで1時間半ほどの練習です。長めの距離を走る練習は、仕事で参加する土日のランニングイベントで兼ねる予定です。忙しい合間にどれぐらい効率的にトレーニングできるか、それもランニングを続ける上で大事な要素。本番前の10月のトレーニングはしっかり時間を取って練習したいと思いますが、その辺りは「おかやまマラソン」が終わった後に、感想と共にお伝えしたいと思っています。

今一番欲しいのは「ぶら下がり健康器」!

 ちなみに、現役の頃はフルマラソンの出場を決めたら、本番の4カ月前から「レースのための練習」を始めていました。今回は2カ月前ぐらいからあわてて始めたのですが、現役時代に比べて筋肉は落ちているものの、体型や体重はほとんど変わっていません。毎日、全身を鏡でチェックする習慣があるからかもしれませんが、今回も「体重を落とす」というプロセスが必要なかったので、すぐに走る練習に入れました。

 また、私は億劫でなかなか始められませんでしたが、「脚作り」と同じように、腹筋などの補強運動による「走るための体作り」もお勧めします。普段、家で行う補強運動だけでなく、できれば実際に走る前にも筋トレを行って筋肉に刺激を加えることで、スムーズな走りにつながるようにしたいところです。

 もしぶら下がり健康器のような器具が家にあったり、公園で高い鉄棒があったりすれば、ぶら下がって、重力を使って体全体を伸ばしてあげると、デスクワークなどで詰まり気味な関節が伸び、可動域が広がるので、走るときにも効果があると思います。というわけで、私が今ほしい器具は、「ぶら下がり健康器」。意外かもしれませんが、部屋のスペースに余裕があればすぐに買いたいぐらいです(笑)。

体と対話しながら走る時にチェックしたいポイント
  • 背中は丸まっていないか
  • 腕はしっかり振れているか
  • 腹筋などの体幹回り、大腿部(太もも)や大臀筋などを使って走れているか
  • 腰の位置を落とさず、腰が上下にぶれていないか
  • 痛みはないか
  • 特定の部位だけ疲労感はないか

 (まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。