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有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 東京五輪で見た「未来につながるレース」と「運営の問題点」

コロナ禍での東京五輪を振り返る・後編

 有森裕子=元マラソンランナー

試合前夜に変更されたスタート時間、遅すぎた決断

 なお、今回の女子のレースでは、大会の運営に大きな問題があったことにも触れておきたいと思います。大会組織委員会はレース前夜、猛暑を理由にスタート時刻を朝7時から6時へ、1時間早めると決めました。変更自体はとても正しい判断でした。ただ、それを公式に発表したのがレース前日の19時半ごろだったと知ったときには耳を疑いました。

 朝7時からレースが始まる場合、選手たちがおおよそ何時に寝るのか?という予測が、陸上関係者であればつかなかったのでしょうか。19時前後には布団に入って寝ている選手が大半と想定されるはずです。それが、こともあろうに一旦起こされ、急な変更があることを知らされたら、選手たちは緊張して寝つけなくなることもあり得る話です。これはアスリートに少なからず負担をかけたと思います。

 五輪の開催期間中は、運営側はアスリートファーストの対応を取るべきであり、なぜもっと早い時間帯に決断できなかったのかと残念でなりません。これに関しては、「どの選手も同じ条件だから」では済ませてはいけない問題だと思います。

給水地点で見えた大迫選手の戦略

 さて、五輪最終日に行われた男子マラソンでは、大迫傑選手(ナイキ)が 2012年のロンドン五輪以来となる6位入賞を果たしました。一方、猛暑の影響もあり、中村匠吾選手(富士通)は62位、服部勇馬選手(トヨタ自動車)は73位という悔しい結果に終わりました。

 「8月8日のマラソンを現役選手としてのラストレースにします」と大舞台の直前に公言した大迫選手は、五輪をそう位置付けることで自身を追い込み、覚悟を持って挑み、先頭集団を最後まで懸命に追いかけた粘り強い走りを見せて、見事な有終の美を飾ったと思います。やり切ったように、少し笑顔を見せ、沿道に手を振ってゴールした姿も印象的でした。

 彼は「東京五輪で自分はどう走るか」を真剣に考え、イメージし、自分の意思で冷静な判断をして走ったと思います。特に印象的だったのが、位置取りでした。今回のコースは反時計回りの周回コースだったので、道路の左端を走ればカーブを曲がるときに最短距離を走ることができます。序盤、先頭集団の中を走っていた服部選手をはじめとした多くの選手が左端の位置取りを選んでいたと思います。しかし、大迫選手はなぜか右端を走っていました。

 最初はなぜ不利な大回りをするのだろうと不思議に思っていたのですが、しばらくして、気づいたのが給水地点でした。給水テーブルは全て右側に並んでいて、左端を走っていると給水を取りにくくなります。猛暑の中では選手も給水に必死になるため、給水ポイントは特に混雑し、スピードを落としたくないランナーたちが自分のボトルを探して右往左往し、ぶつかったりするなど、さまざまなハプニングが起こります。

 左側を走っていた服部選手も、給水のたびに混雑した集団の中へ入っていき、大きくペースや体を揺さぶられたように思います。酷暑でのレースほど、少しでも自分のペースが乱れるとそれだけで体力が消耗し、ストレスがかかります。大迫選手は猛暑の中で後半襲ってくるダメージをいかに少なくするかということを考え、確実に給水を取り、途中で帽子も交換するなど、暑さ対策にこだわっていた姿が印象的でした。

 ただ、女子マラソンに続いて再び運営側の話をすると、給水地点のテーブルの間隔やボトルの並べ方は、選手にとっていささか取りにくいのではないかと感じました。各国のランナーたちの給水テーブルは隙間なく並び、テーブルの上に掲げられた目印となる国旗も、走りながらだと重なり合って見つけにくい位置にあったように思います。せめて給水ポイントの間隔を空けたり、国旗の位置を上下にずらしたり、猛暑である場合、道の右側だけではなく中央にもテーブルを並べて、両側から給水ボトルが取れるような策もあったかと思います。

 フランス代表の選手が給水ポイントでボトルを結果的になぎ倒してしまうことになり、世界中のメディアがスポーツマンシップに欠ける行為だと批判していましたが、私はあの映像を何度もコマ送りして見ても、テーブルから体が離れた体勢から必死に手を伸ばして、水滴のついたボトルをうまくつかめず、何度となくつかもうとして起こしてしまった状況のように見えました。悪意ある意図的な行為ではなく、給水の場所や並べ方、本人の位置取りに問題があったように思います。こうしたアクシデントも予測して、運営側や選手側が事前に準備することは大事なのでしょう。

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