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有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 いよいよ開幕したリオ五輪、女子マラソンの見どころはココ!

 有森裕子=元マラソンランナー

 五輪マラソンメダリストの有森裕子さんが、トップアスリートならではの深いランニング知識を基に、楽しく長く走り続けるためのコツをお届けする本連載。今回のテーマは、熱戦が続いているリオデジャネイロ五輪。間もなく始まる女子マラソンにも大いに注目です。

いよいよ開幕したリオ五輪。テレビにくぎ付けの人も多いのでは?(©marchello74 123rf)
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 南米初の五輪となる、リオデジャネイロ五輪がいよいよ開幕しました。史上最多の205の国・地域が参加し、今回初めて「難民選手団」が結成されたことも話題になりました。17日間にわたる、4年に1度の世界のトップアスリートによる白熱した戦いが繰り広げられています。

 日本にとっては、4年後の東京五輪の開催に向けて弾みをつけたい大事な大会。日本選手団は338人(男子174人、女子164人)の選手たちが参加しています。これは2008年の北京大会に次ぐ史上2番目の規模だそうです。

 早速、競泳男子400メートル個人メドレー萩野公介選手と瀬戸大也選手が金メダルと銅メダルを獲得。60年ぶりの日本人ダブル表彰台という快挙を成し遂げました。体操男子では、ロンドン五輪体操個人総合金メダリストの内村航平選手率いる団体が、“有言実行”で金メダルを獲得。日本のお家芸といわれる柔道などでも健闘が続いています。8月12日の夜(日本時間)から始まる陸上競技もこの勢いに乗ってほしいところです。

後半勝負になる周回コースは、暑さ・海風対策が鍵

 その陸上競技、注目の女子マラソンのスタートは、8月13日の9時半(日本時間:8月14日21時半)。男子マラソンは20日9時半(日本時間:21日21時半)です。ブラジルは秋ですから季節的にはマラソンに適したシーズン。それでも南米の強い日差しが降り注ぐ中、後半は気温も上昇しますので、暑さ対策や水分補給は勝負を左右する鍵になるでしょう。

 コースは、マラカナン地区のカーニバル会場である「サンボドロモ」が発着点。市街地を抜け、リオ市東部の海岸沿いを周回するコースになります。今回のコースはカーブが多いと聞きましたので、それを利用して一気にスピードを上げ、後続を引き離す光景が見られるかもしれません。沿岸を走るため、海風の影響も少なからずあります。他の選手を風よけ代わりにするような位置取りを意識するなど、海風対策が必要になるでしょう。

 2012年ロンドン五輪のマラソンコースは石畳が続き、選手の脚に大きな負担がかかりました。ロンドンほどではないにしろ、リオのマラソンコースは、斜傾やつぎはぎの路面が多いと聞きますので、選手のコンディションに何らかの影響を与えるかもしれません。

 多くのマラソン選手は直前にコースを試走して、足の裏でコースを走った時の感触や、道の特徴を確かめます。私も1996年アトランタ五輪では試走し、最後の下りで勝負しようなどと小出義雄監督と作戦を立てました。でも、今回のリオ五輪では、レース終盤のセントロ地区が犯罪多発地帯であることから、強盗被害のリスクを回避して試走を断念している選手もいました。思い通りの準備ができず、やきもきするかもしれませんが、どんな状況でも、動揺せずに冷静に対応できる選手こそ、勝負どころで実力を発揮することができ、結果が伴うと思います。

女子マラソンは3人3様の走り方に注目

 さて、女子マラソンの3人の日本代表は、伊藤舞選手(32歳・大塚製薬)、田中智美選手(28歳・第一生命)、そして福士加代子選手(34歳・ワコール)です。

リオ五輪のマラソン代表選手。上段左から石川末廣選手、北島寿典選手、佐々木悟選手、下段左から伊藤舞選手、福士加代子選手、田中智美選手。(2016年3月18日、©日本経済新聞社)
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 伊藤選手2015年の北京世界陸上で7位に入り、五輪内定を勝ち取りました。独特の腕振りが印象的で、後半に勝負できる粘り強さがあります。前向きな性格で、回りからのプレッシャーもあまりないでしょうから、時差調整やピーキング(大会当日に調子をベストな状態に持ってくること)がうまくいけば、自分の力を発揮しやすいのではないでしょうか。

 田中選手は、2016年3月に開催された国内最終選考会「名古屋ウィメンズマラソン」で自己ベストの2時間23分19秒を出し、五輪の切符をつかみました。2015年の北京世界陸上では、国内選考会で優勝しながら無念の代表落ちを経験しています。その悔しさをバネにリオ五輪に挑んでいると思います。田中選手の特徴は、バランスの良いきれいな走り方。後半勝負を見越して標高2400メートルの高地で練習を積み、現地入りしました。

 田中選手の指導者は、1991年に東京世界陸上女子マラソンで銀メダルを獲得し、翌年のバルセロナ五輪で4位入賞を果たした山下佐知子さん。世界大会での実績を持つ山下さんが、どのような采配をふるうかも注目です。

 福士選手身体能力が高く、天性のなめらかな走りが特徴です。右足甲の痛みで6月のハーフマラソンを欠場し、その後は順調な復調をアピールしていましたが、「故障との戦い」になるのではないでしょうか。福士選手は、3人の選手の中で最も国民やマスコミから注目されている存在。年齢的にも恐らく最後の五輪として挑む覚悟があるでしょうから、それらがプレッシャーにならず、背中を押すような“追い風”の役割になればと思います。個性的な発言で注目されがちの彼女ですが、実はシャイな性格なので、そうした発言は照れ隠しの表れかもしれません。物事をじっくり考える思慮深い一面もあります。

五輪で勝つことだけに目標を絞った陸上人生

 私は1992年のバルセロナ、1996年のアトランタと2度に渡って五輪のメダルを獲得した経験から、「世界で勝つためにはどうしたらいいのか」とご質問されることが多いのですが、何よりも「高い目標意識」が大事だと思います。つまり「勝つことへの強いこだわり」です。

 現役時代の私は”勝負どころ”を決め、結果を出すのは五輪だけでいいと思っていました。選考レースでは記録を狙い、五輪では自己ベストが出なくてもいいからとにかく勝てばいいと。「五輪で勝つ」ことだけに目標を絞ったんです。

 また、「主張し続けてきた」こともメダル獲得という結果につながったかもしれません。チームの中で主張しすぎると和を乱すことがあります。だから私は、チームから孤立していた時期もありましたが、「皆で仲良く頑張ろう!」とチームで頑張れるようなタイプでなかったので、目標を達成するために「自分のやり方」を貫き通したんです。「何が何でも五輪でメダルを獲得したい」という貪欲さが勝り、他の選手があきらめるまで、粘り強く我慢することが得意でしたし、そんなレースやトレーニングを繰り返していましたね。

 大会当日に調子をベストな状態に持ってくる「ピーキング」も結果を出すためには大事です。どんな練習や食事を摂ればいいか、別の大会で試してから一番よい方法を選び、本番で実践するといいと思います。

 体調管理も大切。私が五輪に出場した時は選手村には入らず、個室のあるホテルに宿泊させていただきました。喉が乾燥しないように必ず浴槽にお湯は張りましたし、冷房も切りました。ホテルでは日本食を用意していただき、大会直前はおにぎりなどを食べていました。

 そして結果を出すためには、何よりも選手を支えてくれるチームスタッフの力は必須です。監督はもちろん、体を万全な調子に整えてくださるトレーナーさん、そして、勝負の鍵を握るシューズを担当してくださった元アシックスの三村仁司さんにもお世話になりました。踵を痛めていたバルセロナ五輪では、三村さんに現地で急遽、薄かったソールを厚く張り替えてもらいました。土壇場での作業でしたが、レース中は全く痛みのことを気にせずに走り切ることができました。ほかにも、自分を支えてくれた人はたくさんいます。感謝してもしきれません。

 今回の女子マラソンの結果はなかなか予想が難しいですが、2020年の東京五輪に希望を持てるレース展開をしてほしいなと思いますし、皆さんも4年後に東京で五輪のマラソンが繰り広げられるんだなと思いながら観戦すると、いろいろな気づきが得られておもしろいと思います。個人的には、男子の短距離や4×100mリレーなどにも期待したいですね。

大きな禍根を残したドーピング問題

 そして最後に。リオ五輪の開催にあたって、スポーツの公平性を揺るがす、ロシアのドーピング問題が大きな影を落としました。国家ぐるみでの関与が明らかになっているにもかかわらず、各競技団体にロシア選手の参加の可否の判断を委ねた、国際オリンピック委員会(IOC)の決定に、私は非常に失望しました。結局、大半の選手がリオ五輪に出場可能となり、参加が認められたのは、ロシアが選手登録した389人のうち271人に上ったそうです。8月7日に全てのロシア選手の参加を禁止する方針を明らかにした、国際パラリンピック委員会(IPC)の決定とは対照的です。

4年後の東京五輪ではドーピング問題に毅然とした対応を!(©Jane Rix-123rf)
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 IOCがここでしっかりドーピングを断絶しないと、今後、本当にドーピングに手を出していない選手を、どうやって信じればいいのでしょうか。今回の問題における正義とは「戦う人を守ること」だと思うのです。ドーピングをやっていないアスリートを守るためにも、五輪のトップ機関であるIOCが、正面からドーピング問題と向き合ってほしかったと残念でなりません。

 2020年の東京五輪では、世界のお手本となるように、日本人選手が率先して、正々堂々と挑む姿を見せてほしいと思います。

 五輪が終わると、9月7日からパラリンピックが始まります。以前ご紹介した、車いすマラソンや視覚障がい者マラソン(「見ると誰もが驚く!「パラリンピック」の魅力」)にもぜひご注目ください!

(まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。