記者会見で彼は、「常に『現状打破』を目標にしてきたが、世界大会では入賞に届かず、5年間自己ベストを更新できていない状態に自己矛盾を感じていた」と話しました。その矛盾を解消して世界で戦うためには、今のままでは厳しいと感じ、思う存分練習に専念できる環境を作りたいと考えたのでしょう。
私たちには突然の告白に思えましたが、彼にとっては、実業団ではなく、公務員との二足のわらじというスタンスを長い間貫いたからこその判断です。川内選手は、指導者をつけず、多くのランナーと一緒に走るマラソンレースをトレーニングの一環と位置付けて、頻回に参加するスタイルをとってきました。恐らく記録を伸ばすために自分なりに考えつく限りのことを試してきたのだと思いますが、5年もの間、現状を打破できなかったことに、ずっと悩んでいたのだと想像します。
正直にいえば私は、彼が公務員ランナーとして走ることに、これからもこだわり続けると思っていましたし、自己ベスト更新や世界でのメダル獲得にそこまで執着しているとは思いませんでした。実際、2017年には日本代表からも引退すると表明していました。でも、ボストンで結果を出したことをきっかけに、やはり日本代表として世界で戦いたいという思いが募り、プロになるタイミングを見いだしたのでしょう。
プロになるということは、走ることが仕事になるということ
ところで、「プロランナー」とは、どんなランナーのことをいうのでしょうか。
そもそも日本の陸上競技界にはプロ登録の制度がなく、「プロランナー」という言葉には明確な定義がありません。とはいえ、どんな競技においても、「プロ」になるということは、それが完全に「仕事」になるということを意味します。
走ることが生業となり、走ることで報酬を得るのですから、周囲や世間からの評価も当然ながら厳しくなります。プロになると、好きなだけ練習ができて「自由が利く」というイメージがあるかもしれませんが、そんなことはありません。スポンサーがつき、「勝つことが全て」となるので、レースの数を絞って、ピンポイントで確実に結果を出していく必要が生じるでしょう。
また、企業に就職する実業団選手とは異なり、プロはスポンサー契約などで活動資金を得た上で、練習メイトや指導者、トレーナー、栄養士、エージェントなどを自分で探し、報酬を支払って、自分の力や技術を伸ばしていくスタイルになるかと思います。私自身も1996年のアトランタ五輪を終えてからプロになりましたが(*1)、自分の競技を自分で組み立てていくという、いわばマネジメント力やプロデュース力も必要になるはずです。
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