日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 心拍数を上手に利用して「オーバーペース」を防ごう

毎朝の計測習慣が効果的な練習につながる

 有森裕子=元マラソンランナー

 目に入る景色が美しい、新緑シーズンの真っただ中ですね。梅雨に突入するまでのこの貴重な期間、皆さん、楽しく走れているでしょうか?

 冬から春、そして初夏へと向かう中、気温が上昇するにつれ体の動きは良くなり、ついついスピードも上がりがちになります。そうした気温の上昇時に気をつけなければいけないのが、「オーバーペース」です。特に気温の変化が激しい季節の変わり目は、気持ち的には快調であっても、体が暑さについていけず、いつもと同じ速さで走っているつもりが結果としてオーバーペースになってしまう場合があります。

 つい先月、私が参加した「かすみがうらマラソン」でも、前日までの涼しい気候から一転、夏を思わせる強い日差しが照り付け、レース中に急激な気温の上昇が見られました。そんな中、一般ランナーの方が数人、心肺停止で倒れてしまったのです。幸い、AED(自動体外式除細動器)を使った迅速な処置のおかげで生命の危機には至りませんでしたが、こうしたことが起こる原因の一つに、急激な気温の上昇でオーバーペース気味になり、体が対応しきれなかった可能性が考えられます。

心拍数を目安にオーバーペースを防ぐ

 オーバーペースを防ぐためには、「1kmを〇分で走ろう」「20kmを〇時間〇分以内で走ろう」といった時間のみを目標に設定するのでは不十分です。同じ速さで走っていても、気温や湿度、風、アップダウンの有無、水分補給などによって、体にかかる負荷は変化します。また、日によって体調にも波があります。そうした場合に役に立つのが心拍数です。

 心拍数は、心臓が全身に血液を送り出す際の収縮の回数(通常は1分あたり)で、自分の感覚だけでは分からない体の疲労度合いや体調の変化を可視化できる重要な指標です(*1)。「いつもと同じペースで走っているのに、心拍数が上がってきた」という場合は、オーバーペースのサイン。体の変化を数値で把握することで、早めにペースを落としたり、練習量を減らすなどして自身の体を守ることができるのです。

 最近は、心拍計を内蔵したランニングウォッチや、心拍数と連動した音楽が再生されてリズムを感じながら走ることができるイヤフォン型のウェアラブル活動量計など、あらゆるランニング用のデバイスが登場しています。ランニングウォッチと連動して心拍数やランニングログを記録できる便利なアプリもあるようです。こうした中から、自分に合ったものを選んで活用すると、より楽しく効果的に走れるのではないでしょうか。

 市民ランナーの中には、「最もいい記録が出るベスト体重は〇kgだから、もう少し体重を落とさなきゃ…」というように、体重の変化を気にされる方はとても多いのですが、心拍数に関しての意識はまだまだ低いように感じます。ランニング中の心拍数と体調の関係を日頃から意識していれば、想定していた心拍数を大幅に超えた場合にウェアラブルアイテムのアラームが鳴るように設定するだけでも、オーバーペースや突然の体調不良を防げるはずです。

アプリと連動したウェアラブル活動量計を活用すれば、ランニング時の心拍数の変動を簡単にデジタルで記録できる。(© Andriy Popov-123rf)
*1 不整脈などの心臓の病気がある場合を除き、心拍数=脈拍数となるため、多くの場合、脈拍数をカウントする。

起床時に心拍数を計り「自分の平常値」を知る

 心拍数を活用して体の変化をより正確に知るためには、まず、普段の心拍数を計っておくことが大切です。私は現役時代、朝、目が覚めたらすぐ手首に指を置いて脈拍を数えることを習慣にしていました。定点観測のように、毎日、起床時の同じ状態で計り続けて記録すると、自分の心拍数の平常値(安静時心拍数)が分かります。平常値を知っていれば、目が覚めて心拍数がいつもよりも高いときは「今日は疲れているな…」といった体調の変化に気づくことができます。1分間じっとしているのが面倒であれば、30秒だけ計ってそれを2倍してもいいでしょう。

 安静時の心拍数には個人差があります。一般には成人の場合60~80/分くらいと言われています。アスリートは60よりも低い人が多く、運動不足の人や体調不良の人は80を超えることが多いようですが、大事なのは自分自身の平常値を知ることです。

効果的で体に負荷をかけすぎない「心拍トレーニング」

 では、ランニング中の心拍数は、具体的にどんなことを教えてくれるのでしょうか。心拍数は、主に(1)体の疲労度合いや体調の変化(2)運動強度(3)心肺機能の向上度合い、を知る手段になると思います。

 (1)については最初に述べましたが、これに加えて(2)や(3)を上手に利用すれば、さらに効果的なトレーニングメニューを設定することができます。それが、「心拍トレーニング」です。

 心拍トレーニングとは、心拍数を計測しながら、一定の数値を目標にトレーニングを行うことを指します。心拍数を計りながら走ると、オーバーペースを未然に防ぎ、安全かつ効果的な練習ができるだけでなく、「以前は心拍数が140前後だったのが、今日は同じスピードで走って130に下がった」「心拍数160で息が上がっていたが、最近は呼吸がラクになった」など、心肺機能の向上が数値で分かるようになります。それが運動強度を上げる目安にもなるので、日々の練習をこなす上でのモチベーションにつながるでしょう。

 目標とする心拍数の大まかな目安を算出する方法として一般的によく使われるのが、「カルボーネン式」と呼ばれる簡単な計算式です。

目標心拍数
運動強度(%)×(最大心拍数[220-年齢]-安静時心拍数)+安静時心拍数

 詳しくは「カルボーネン式」について説明されている書籍を読んでいただきたいのですが、運動強度とは、その人の最大心拍数(通常は「220-年齢」で計算)に対する、運動直後の心拍数の割合を指します。運動直後の心拍数が高いほど、その運動の強度は高かったということになります。

 どのくらいの運動強度でトレーニングを行うかは、目的によって変わります。プロのアスリートのように「競技力向上」を目的とする場合は、運動強度を80~90%、「持久力・心肺機能向上」であれば70~80%、「脂肪燃焼・体重減少」であれば60~70%程度に設定することが多いようです。

 たとえば、安静時心拍数が70/分の50歳の市民ランナーが、今よりも心肺機能を強化してタイムを縮めたいと思い、運動強度を70%に設定したとすると、70%×(220-50-70)+70=140となり、心拍数140/分程度を目安に走ればいいことになります。

 一方、同じランナーが、脂肪燃焼を目標に走る場合は、運動強度はもう少し低くて良いので、60%×(220-50-70)+70=130となり、130/分程度を目標に走ればいいことになります。

 ただし、上記はあくまでも目安です。無理のない、自分に合ったトレーニングを心がけてほしいと思います。

プロのトレーニングを安易にまねするのは危険

 といいつつ、実は、私自身は現役時代、走りながら心拍数を測ったことはありません。体にいろいろな機器をつけて走るのが嫌いだったというのもありますが(笑)、それでも、走る前後の心拍数のチェックは行っていました。

 よくやっていたのは、ランの合間に心拍数を計りながら行うインターバルトレーニングです。1本2000mほど走った後に400mのジョグをして、呼吸を整えながら手首の脈を1分間計測します。計測はおよそ5分間に3回くらい行います。

 計測が終わると再びスタート地点に戻り、合計10本ほど走りますが、1本おきに同じように心拍数を計り、何分で平常値に近い脈拍に戻るのかを確かめます。心拍数の回復力が早いほど疲れていないことを示し、日々のトレーニングによる心肺機能の成長度合いが分かります。一方で、負荷が足りないとも捉えられるので、さらに設定スピードを上げるなどして負荷を高める場合もあります。

 特に、レースの準備で心肺機能を上げて追い込まなければいけない時期は、ウォーミングアップとなる60分間ジョグの心拍数が120だとすると、本練習では180ぐらいをキープするような高い負荷をかけたトレーニングを行います。数字だけ見てもつらいことが伝わると思いますが、このようにプロのアスリートは、心肺機能を鍛え、競技力を向上させるための目安として心拍数を使っています。

トップアスリートは心拍数を目安に高い負荷をかけたトレーニングを行う。(©ammentorp-123rf)

 ちなみに、私の現在の安静時心拍数は1分間で55ぐらいですが、現役時代は45ぐらいでした。五輪のメダリストには心拍数30という女子選手もいました。そうした世界で戦うトップランナーの心拍数を知っていれば、トップランナーと全く同じメニューや強度を、市民ランナーである自分たちがそのまままねするのは危険だと分かるはずです。

 プロのトレーニングに安易に倣うのではなく、あくまでも、自分の体や現状に合ったトレーニングを意識することが大事になります。まずは毎朝、心拍数を計って自分の状況を知る習慣をつけることから始めてはいかがでしょうか。

効果的なトレーニングを行うための心拍数活用法
1.毎朝、起床時に心拍数を計測する
安静時の心拍数をより正確に知るために、起床時の心拍数を計ろう。毎朝同じ状態で計れば体調の変化の目安になり、その日のトレーニング内容を考える際の参考になる。

2.トレーニングの強度を決める時の目安にする
「競技力向上」「心肺機能強化」「脂肪燃焼」といった目的別に目標心拍数を設定し、それを目安に走れば効果的なトレーニングが行える。

3.心肺機能の回復度合いを把握する
インターバルトレーニングを行う際、1本走り終えた直後に心拍数を計りつつ、ジョグで息を整えながらスタート地点に戻り、走る直前にも計る。走る前に計った数値が安静時の心拍数に近いほど、心肺機能の回復力が高まっていることが分かる。

(まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。

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