「この症状は、人間なら誰にでも普通に起こりうることなんだ」
そんな私の転機となったのが、ある講演会で、演者として共に登壇した婦人科のドクターの話でした。更年期とは何か、体の中にどんなことが起こっていて、どんな不調が起こるのか、どのような対処法があるのか、といった分かりやすい解説を聞いて、私は目から鱗が落ちるような思いがしました。「あぁ、私がずっと悩んでいた症状は、重い・軽いの違いはあっても、人間なら誰にでも普通に起こりうることなんだ…」。そう安堵して、抑えていた感情が一気に湧き上がってきて、思わず涙ぐんでしまったのを覚えています。
その後、婦人科でホルモン値の検査を受け、減少した女性ホルモンを補うホルモン補充療法を始めた結果、ほてりなどのつらい症状は改善に向かいました。更年期の症状は52歳ごろまで続きましたが、「自分に起きている症状は普通のことなんだ」「つらいのは自分だけじゃないんだ」と認識できただけでも、メンタルが安定して前向きになれたように思います。
このときの経験から、更年期の悩みを解消するためには、まず何よりも正しい情報を知ることが大切だと思っています。私の経験が更年期症状に悩んでいる誰かに少しでも役立ち、心が楽になるのなら、という思いで、機会をいただいたときは自らの経験をメディアなどでお伝えしています。
更年期は女性だけの問題ではない
それでも、世の中の更年期症状への理解はまだまだ進んでいないなと感じさせられることもあります。以前、あるテレビ番組で私自身の更年期の経験をお話しした後に、SNSでこんな書き込みを見ました。「【悲報】有森裕子、更年期について赤裸々に語る」。これを見たとき、「いやいやこれは悲報ではなく、病気でもなく、人間であれば普通に起こりうることだから。自分がある意味正常だと分かったことは、むしろ朗報じゃないの?」と思いました(笑)。
こうした書き込みは、更年期について学校で教わったこともなく、ほとんど知る機会がないまま情報を得られずに生きてきた人が多いからこそ起こりうることだと思います。今でこそ、女性には更年期に関する知識が広まり始めていますが、男性もこうした情報が得られる世の中になってほしいと思います。というのも、更年期の症状は女性だけでなく、男性にも起こりうることだからです。男性ホルモンのテストステロンの低下が原因で、性機能の低下のほか、ほてりや異常発汗、筋力の低下、イライラ、無気力など、女性と同じような症状があると言われていますが、まだまだ認知されていないように思います。誰にも言えず1人で悩んでいる男性の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
男女の情報ギャップについては、もう1つ気になることがあります。女性の更年期について取り上げるメディアが多くなると、「男性は女性のことを理解し、常にアンテナを張って不調を察知して気を使うべきだ」という論調になりがちです。私はこうした論調に少し違和感を覚えます。女性の問題を語るときに、男性が女性を理解しようとしない“敵”であるかのような図式が生まれてしまうと、女性が主張すればするほど、かえって男性に聞き入れてもらえない感覚があるからです。
世の中には更年期症状で悩む男性だっているのですから、更年期は女性特有の問題ではなく、「人間としての問題」として取り上げ、一緒に考えて取り組まなければ、双方が抱えるつらさは軽減しないと思います。そのためには、メディアには男女区別せずに、どちらの更年期についても平等に取り上げてほしいと思っています。両者に関する知識を広めることで互いに理解が深められ、性差を超えたところで話し合えるようになる。そうすれば、男女問わず更年期で悩む人たちが「つらい」と助けを求めやすくなり、サポートしあえる世の中になると思うのです。
繰り返しになりますが、更年期の症状は誰にでも起こりうる、人間として当たり前の現象です。女性であれば女性ホルモンの分泌の変動によって毎月の月経が生じ、その先に更年期があります。月経痛がひどいまま放っておくと子宮内膜症になりやすかったり、PMS(月経前症候群)がひどい人は将来、更年期症状も重くなるケースがあったりすることも学びました。ホルモンの変動はずっとつながっています。「月経」「更年期」と問題を切り分けるのではなく、長いスパンの中で起こってくる人間の心身の変化なんだと認識できるようにするためにも、男女ともに保健体育の授業などで、こうした流れを学べる世の中になればいいなと思います。若いころからそうした知識があれば、年齢を経てから急に不安に陥ることもなく、心の準備や対処がしやすくなります。教育によって知識を得られれば、こうした悩みを隠すことなく、オープンに話すことができ、相談しやすい文化が生まれるのではないでしょうか。
更年期の精神面などの症状を和らげるためには、体を動かしてリフレッシュすることも大切です。ウォーキングやランニングといったスポーツが人間の心身の健康にどう作用するかという教育も、より重要になるでしょう。
(まとめ:高島三幸=ライター)
元マラソンランナー(五輪メダリスト)
