日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 マラソンがくれたたくさんの “ご縁”

サプライズのバースデーパーティーで思わず涙

 有森裕子=元マラソンランナー

 桜も各地で満開となり、お花見シーズン真っ盛りですね。桜が終わると、いよいよ新緑の季節を迎えます。暖かくなり、体を動かしたくなる人も増えるでしょう。GWをきっかけに走り始めたり、旅先でランニングを楽しんだりする人もいるかもしれません。

 新年度を迎えて、環境が変わった方は、新たな出会いも多いかと思います。人との出会いは、自分の世界を広げ、人生にさまざまな影響を与えてくれます。仕事や学校、地域のつながりだけでなく、マラソンというスポーツも、人生にたくさんの出会いをもたらしてくれる素敵なものです。

マラソンはたくさんの出会いを運んでくれる。(© Wavebreak Media Ltd-123rf)

仕事のはずが…?! 見事にだまされたサプライズパーティー

 話は少し変わりますが、私は昨年の終わりに50歳の誕生日を迎えました。その大きな節目を祝おうと、事務所のスタッフが、私に内緒でサプライズのバースデーパーティーを開いてくれました。

 このサプライズパーティー、100人以上のゲストを巻き込み、周到な計画の下に進んでいたようです。当日私は、スタッフから、ある団体のパーティーにゲストとして参加し、挨拶をする仕事だと説明されていました。用意された資料に目を通しながら、先方(この人も仕掛け人でした!)とも打ち合わせをしっかり行ったので、嘘だと疑う余地はまったくなかったのです。

 ところが、いざ、会場の扉が開いた途端、大音量の音楽とともにスポットライトが私を照らし、その向こうに、黄色のTシャツ(この日のために用意された特製Tシャツだそうです)を着た大勢の人が、一斉にこちらを見て歓声を上げているのが見えました。

 「え? こんなにカジュアルなパーティーだったの?」と怪訝(けげん)に思いながら、そこにいる人たちの顔をよく見ると、最初に目に入ってきたのが、大学時代の友人でした。

 「え? なぜあなたがここにいるの?」。私はまだ、状況が飲み込めません。やっと、仕事のパーティーというのは偽の設定で、これは自分のバースデーパーティーなんだと分かったときには、ただただ、驚きとうれしさで胸が一杯になりました。

状況をようやく理解し、呆然とする私。
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 あらためて周りを見渡すと、大学や実業団時代の陸上仲間はもちろん、引退後に出会い、お世話になったたくさんの方々のお顔がありました。

 バースデーケーキは、当日も会場に足を運んでくださったパティシエの鎧塚俊彦さんの特製。俳優の奥田瑛二さんも駆けつけてくれて、大いに盛り上げてくださいました。終盤にはさらなるサプライズとして、故郷の母と兄まで登場。生まれてから現在に至るまで、こんなにもたくさんの人との出会いがあり、この方たちの支えがあったからこそ、今の自分がいるのだと思うと、本当にありがたく、一生忘れられない一日になりました。

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この日のために特製ケーキを作ってくださったパティシエの鎧塚俊彦さんと。
パーティーの仕掛け人、私の愛すべき同僚たちです。
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マラソンを通じて育んだ海外選手との友情

 マラソンという競技を通じて、私には海外にも親友と呼べる友人ができました。1988年のソウル五輪女子マラソンで優勝したポルトガルのロザ・モタさんもその1人です。ロザ・モタさんは、私の憧れの選手でした。皆が苦しい顔で走っているのに、彼女はいつも楽しそう。ソウル五輪で、とても爽やかな笑顔でゴールされた場面は忘れられません。普段からおおらかな性格で、人間としてとても魅力あふれる、大好きな友人です。

 1996年のアトランタ五輪では、ポルトガルの親善大使として現地に来ていた彼女が、女子マラソンのスタート前にわざわざ私のところに来てくれて、「あなたは勝てる! がんばって」と声をかけてくれました。レース中、私は何度もこの言葉を繰り返し唱え、それが銅メダルの原動力になったことは間違いありません。

 ソウル五輪女子マラソン銅メダリストのカトリン・ドーレさんも大好きな友人です。彼女は機関車のような力強い走りが持ち味の選手でしたが、そんな走りとは対照的に、誰もがピリピリしている試合前でも、いつもおだやかに笑顔で話しかけてくれました。本当に強い人はやさしくて、練習と実績を積んだ自信があるからこその余裕がある…。私はこうした海外の友人たちから、競技者としてあるべき姿勢、そしてひとりの人間としての魅力を高めることの大切さを学んだのです。

メダルがくれた様々な出会いを生かすのは自分自身

 五輪でメダルを獲得したからこそ、普段はなかなか知り会うことのない職業の方々とも交流を持つこともできました。俳優やミュージシャン、作家、政治家…。その中には、「五輪メダリスト」という肩書に興味を抱いたり、メディアを通じて見聞きした私の競技に対する姿勢に共感してくださったりして、声をかけてくださった方も多くいたでしょう。

 でも、メダルは人間関係を広げる1つのきっかけにすぎないと私はずっと思ってきました。メダルをきっかけに私に興味を持ってくれたとしても、その人が、そこからずっと私とお付き合いしたいと思ってくださるかどうかは、私の人間としての在り方や、引退後の生き方次第だと思っていたのです。

 そういう意味では、私は引退後、メダリストという立場だからできること、届けられるメッセージがあると信じ、ランニングを軸に様々な活動に挑戦してきました。すべての現場に全力で向かって行く私の姿や、不器用で真っ直ぐな生き様に共感してくださった方が、今も続いている仲間や友だちなのではないかと思っています。そうした方々が助けてくれたり、優しく見守ってくれたおかげで、私の人生は豊かなものになりました。これも、マラソンのおかげだと思っています。

地位も年齢も関係なく知り合えるマラソンの魅力

 ランニングは生涯スポーツの中でも特に競技人口が多く、市民ランナーが集まる教室やサークルなども全国に数多くあります。そうした場所に参加すれば、普段知り合うことのない企業の経営者や異業種の方とつながることもあるでしょう。 ランニングという共通の趣味があれば、初対面でも話しやすいですし、ランニングのことで相談したり、励ましあったりする仲間になれるかもしれません。地位も、名誉も、年齢も、性差も、まったく関係のない、フラットな関係を築ける。これは、意図的にしようと思ってもなかなかできない、とても貴重なご縁です。

 ランニングは、いつでもどこでも、1人で気楽に楽しめる自由なスポーツですが、ランニング生活をさらに楽しいものにするために、また自分の世界を広げるために、ランニング仲間を作ってみてはいかがでしょうか。

(まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。