日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

マラソンメダリストが重視する「ウォーキングで脚づくり」

「いきなり走る」はNG! はやる気持ちをぐっと我慢

 有森裕子=元マラソンランナー

東京マラソンの人気などを背景に、ランニング人口は2080万人に増加し、各種スポーツの中でも高い関心を集めています。特に20~40代の男性の参加が多い一方で、アスリートのような走りを性急に求めすぎた結果、故障をしてしまう人も少なくありません。そんな状況に危機感を抱くのは、五輪マラソンメダリストの有森裕子さん。トップアスリートならではの深いランニング知識を基に、楽しく長く走り続けるためのコツをお届けします。

 今日から新年度。街では、初々しいスーツ姿で、少々緊張した面持ちの新入社員を見かけます。新しい部署に異動したり、新たな職場でスタートを切ったりと、気持ちも新たに新年度を迎えられた読者の方々も多いのではないでしょうか。

 春は何かを始めたくなる季節。世の中の“ランニング需要”も高まります。心身ともに縮こまっていた寒い冬を経て、ぽかぽかとした陽気に誘われて思わず走りたくなるのは、人間らしい“自然現象”なのかもしれません。実際に、桜や新緑のシーズンにかけて、美しい自然を眺めながらゆっくり走るだけでも気持ちがよく、走り始めるには絶好の季節と言えそうです。

 そこで今回は、「ランニングをこれから始める」方々、そして、「昔走っていたけど、何らかの理由で休んでしまい、何年かぶりに走り始めます!」という“リスタート組”にも向けて、「走り始めこそ、一番大切にしたいこと」についてお話したいと思います。

絶好のお散歩シーズン到来です。(© f11photo - Fotolia.com)

「ウォーキング」で足とシューズを馴染ませる

 ランニング初心者は、「さあ、憧れの“ランニング生活”を始めるぞ!」と張り切ってランニンググッズを一通り揃える方が多いかと思います。シューズやウエアの選び方については、過去記事(「あなたのランニングシューズ、本当に合ってますか?」)を見ていただくとして、お気に入りのシューズやウエアを購入すると、早速「走りたい!」という衝動にかられます。でも、そこでぐっと我慢していただきたいのです。いきなり走り始めるのは、ケガに結びつくリスクが高いからです。

 これまで運動習慣がなかった人や、ウエイトがある方は特に注意が必要。「学生時代は体育会系だった」という人も、過去の経験から自分の体力を過信して、突然無理な運動をしがちです。走りたくてうずうずするのなら、一度10分ほど走ってみてください。恐らく息切れを起こして足が上がらなくなり、翌日はひどい筋肉痛を味わうはず…。ケガをせず長くランニングを楽しむためにも、まず“順序”を大事にしてほしいなあと思います。

 例えば、「試着の時は足にぴったり!」だったシューズも、足に馴染んでいる状態ではありません。そんな状態で突然走り始めると、指先やかかとなど、足と靴との摩擦が生じた部分に痛みを覚えることがあります。それを防ぐためにも、走り始める前にまず、シューズを足に馴染ませる時間、つまり「ウォーキング」の時間を設けてほしいのです。このウォーキングは、靴と足を馴染ませるだけでなく、ランニングのための体づくりとして有効です。

五輪に挑むための最初の練習は「ウォーキング」

 若い年代の方ほど、「ウォーキングなんて辛気くさい…」「お年寄りの方向きの運動じゃないの?」と思われるかもしれません。しかし、私は現役時代の頃、ウォーキングをとても大切にしていました。足底筋膜炎で足底の軟骨を除去する手術をした後、まずは歩くことからリハビリを始めました。5時間ほど歩くとひどい筋肉痛を伴い、ウォーキングは全身運動なのだとあらためて実感しました。

 オリンピックも含め、マラソンの試合に挑む前には、海外で4カ月かけて準備しますが、その最初の練習はいつも「ウォーキング」でした。もちろん、実業団選手ですから普段からそれなりの距離を走り込み、ある程度の土台はできています。しかし、マラソン練習は、普段の練習とは異なり、自分を極限まで追い込む過酷なもの。その過酷な練習を乗り越え、本番までコンディションを崩さないためにも、走る基盤となるウォーキングは大切なトレーニングなのです。

 私が練習の本拠地としていた米国・コロラド州のボルダーは、「ランナーの聖地」と呼ばれるほど、様々な練習ルートがあります。自然が豊かで、緑の中を歩いているだけで清々しい気分を味わえます。山道もありますから、足腰や心肺機能にある程度の負荷もかけられる。そんな環境の中を、私は7~8時間歩くことから始めていました。

 姿勢を正し、腕を振り、足裏でしっかり地面を踏み込んで歩き続ける。汗をいっぱいかきますし、体全体が鍛えられ、ウォーキングといえどもかなりの練習量です。何よりも私にとってこのウォーキングの時間は、「これからフルマラソンに挑むんだ」と覚悟するための“スイッチ”になっていたのかもしれません。

普段の生活の中で歩く時間を作る

1日にトータル1時間歩くことを目標に。(©auremar -123rf)

 もちろん、ランニング初心者の方に何時間も歩いてくださいとは言いません。でも、プロのランナーでさえも重視している「ウォーキング」ですから、これから走り始める市民ランナーの方こそ、長くランニングを楽しむために“走るための順番”を軽視せず、まずは、“歩くことを習慣化する”ことから始めてほしいのです。

 可能なら毎日1時間、ウォーキングの時間が取れればいいですが、多忙な中で時間を作り出すのは簡単ではありません。普段の生活の中で、いつも降りる駅から1駅前で降りて歩いたり、エレベーターやエスカレーターではなく階段を上り下りしたり、ランチを食べに行くときもいつもより遠いレストランを利用したりするなど、1日の中でトータル1時間歩くような生活を送ってみてはいかがでしょうか。1週間、2週間と続けていくうちに、駅の階段の上り下りが楽になっていることに気づきます。それは、走るための土台が着実にできているという証拠なのです。

歩くフォームがランニングフォームにつながる

 何事も習慣化するには、「楽しい」と思えることがポイントです。これからは桜が美しいシーズン。休日、まとまった時間が取れれば、「きれいだなあ」と公園の花を愛でながら歩いてもいいですし、もちろん写真を撮るために立ち止まっても構いません。非日常の景色が望める山登りやハイキングに出かけることもお勧めします。爽快感や達成感を味わい、体を動かすことが楽しいと思えれば、普段のウォーキングも楽しくなってくるはずです。

ウォーキングを習慣化するための方法
  • 日常生活の中で歩く機会を意識的に増やす
    普段降りる駅から一駅、二駅前で降りて目的地まで歩いたり、エレベーターやエスカレーターを使わず、階段を活用したりする。

  • ハイキングや山登りから始める
    ハイキングや山登りで爽快感や達成感を味わい、「体を動かすことが楽しい」と思えるようにする。

  • 趣味とウォーキングを組み合わせる
    自然を撮影するために歩いたり、好きなケーキショップを目指すために歩いたりするなど、趣味や自分の好きなものとウォーキングを組み合わせる。

 歩くことが楽しくなって習慣化すれば、「走るためのウォーキング」を心掛けてみましょう。神経質にフォームを意識しすぎるとぎこちない歩き方になるので、ワンポイントアドバイスとして言えることは、「背中を丸めてダラダラ歩かない」こと。姿勢を正して軽く胸を張り、目線を下げず、腕振りは肩後ろに引く。それが習慣化するだけでランニングフォームも変わります。

 歩く速度は、じわっと汗をかく程度がいいでしょう。10分/kmを目安に20~30分程度のウォーキングを週2~3回程度、実現できればいいのではないでしょうか。とにかく自分のペースで毎日続けられるトレーニング方法を見つけ、ランニングを楽しむための土台を作っていきましょう。

「走るためのウォーキング」の5つのポイント
  • 背中を丸めてダラダラ歩かない
    姿勢を正し、少し胸を張って腰を高く保つように意識する。体の中に一本軸が通るようなイメージを持って歩いてみる。

  • 目線を下げない
    目線を下げず、2~3m先を見るようにする。

  • 肩や腕に余計な力を入れない
    肩や腕に力を入れず、リラックスしたスムーズな腕振りを心掛ける。腕を振る時は、肘を軽く曲げて後ろに引くように意識する。

  • ガニ股や内股で歩かない
    ガニ股や内股で走り続けると、ケガをする原因になる。踵の内側がすり減っていたら内股、外側が減っていたらガニ股の傾向があるのでチェックし、まっすぐ歩くように意識してみよう。

  • 最初から無理に速く歩かない
    歩き始めは、10分/kmを目安に20~30分程度歩いてみよう。慣れてくれば、少しずつ速度をあげて、1、2、1、2、とリズミカルに歩くことを心掛ける。ハアハアと少し息が上がるぐらいで十分トレーニングになる。

 (まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。