例えば、「試着の時は足にぴったり!」だったシューズも、足に馴染んでいる状態ではありません。そんな状態で突然走り始めると、指先やかかとなど、足と靴との摩擦が生じた部分に痛みを覚えることがあります。それを防ぐためにも、走り始める前にまず、シューズを足に馴染ませる時間、つまり「ウォーキング」の時間を設けてほしいのです。このウォーキングは、靴と足を馴染ませるだけでなく、ランニングのための体づくりとして有効です。
五輪に挑むための最初の練習は「ウォーキング」
若い年代の方ほど、「ウォーキングなんて辛気くさい…」「お年寄りの方向きの運動じゃないの?」と思われるかもしれません。しかし、私は現役時代の頃、ウォーキングをとても大切にしていました。足底筋膜炎で足底の軟骨を除去する手術をした後、まずは歩くことからリハビリを始めました。5時間ほど歩くとひどい筋肉痛を伴い、ウォーキングは全身運動なのだとあらためて実感しました。
オリンピックも含め、マラソンの試合に挑む前には、海外で4カ月かけて準備しますが、その最初の練習はいつも「ウォーキング」でした。もちろん、実業団選手ですから普段からそれなりの距離を走り込み、ある程度の土台はできています。しかし、マラソン練習は、普段の練習とは異なり、自分を極限まで追い込む過酷なもの。その過酷な練習を乗り越え、本番までコンディションを崩さないためにも、走る基盤となるウォーキングは大切なトレーニングなのです。
私が練習の本拠地としていた米国・コロラド州のボルダーは、「ランナーの聖地」と呼ばれるほど、様々な練習ルートがあります。自然が豊かで、緑の中を歩いているだけで清々しい気分を味わえます。山道もありますから、足腰や心肺機能にある程度の負荷もかけられる。そんな環境の中を、私は7~8時間歩くことから始めていました。
姿勢を正し、腕を振り、足裏でしっかり地面を踏み込んで歩き続ける。汗をいっぱいかきますし、体全体が鍛えられ、ウォーキングといえどもかなりの練習量です。何よりも私にとってこのウォーキングの時間は、「これからフルマラソンに挑むんだ」と覚悟するための“スイッチ”になっていたのかもしれません。
普段の生活の中で歩く時間を作る

もちろん、ランニング初心者の方に何時間も歩いてくださいとは言いません。でも、プロのランナーでさえも重視している「ウォーキング」ですから、これから走り始める市民ランナーの方こそ、長くランニングを楽しむために“走るための順番”を軽視せず、まずは、“歩くことを習慣化する”ことから始めてほしいのです。
可能なら毎日1時間、ウォーキングの時間が取れればいいですが、多忙な中で時間を作り出すのは簡単ではありません。普段の生活の中で、いつも降りる駅から1駅前で降りて歩いたり、エレベーターやエスカレーターではなく階段を上り下りしたり、ランチを食べに行くときもいつもより遠いレストランを利用したりするなど、1日の中でトータル1時間歩くような生活を送ってみてはいかがでしょうか。1週間、2週間と続けていくうちに、駅の階段の上り下りが楽になっていることに気づきます。それは、走るための土台が着実にできているという証拠なのです。