日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 レース当日にやってはいけない5つのこと

情報に振り回されず、自分流にアレンジする力をつけよう

 有森裕子=元マラソンランナー

東京マラソンの人気などを背景に、ランニング人口は2080万人に増加し、各種スポーツの中でも高い関心を集めています。特に20~40代の男性の参加が多い一方で、アスリートのような走りを性急に求めすぎた結果、故障をしてしまう人も少なくありません。そんな状況に危機感を抱くのは、五輪マラソンメダリストの有森裕子さん。トップアスリートならではの深いランニング知識を基に、楽しく長く走り続けるためのコツをお届けします。

 去る2月28日に東京マラソン2016が開催されました! 読者の方々の中にも抽選に当たって完走したり、ボランティアで関わったりした方、沿道で応援した方もいるのではないでしょうか。

 第1回東京マラソンは私の引退レースだったので、この大会には思い入れが深く、毎年、現地で応援しています。今年もスタート地点から銀座四丁目交差点、有明のゴール付近へと移動して応援していました。ゴールまでのラスト100m付近はマラソンで最も盛り上がるところ! ところが、設営の関係で一般の応援スペースが狭くなっているため、やや物足りないんです。がんばってきたランナーにもっと大きな声援を届けたいと思いながら、毎年、「がんばれ~!」と大声を張り上げています(笑)。

 東京マラソンは、現在のランニングブームの火付け役となった大会でもあります。第1回の開催以来、全国各地でマラソン大会が開催されるようになり、ランニング人口もみるみる増えました。2020年の東京五輪の開催も手伝って、世界的に注目されるマラソン大会へとさらに進化していくでしょう。

 2020年の東京五輪も楽しみですが、まずは2016年リオデジャネイロ五輪ですね。マラソン代表選考レースの結果が度々報道で取り上げられる時期になりました。そんな報道に感化されて「自分も早くレースで走りたい!」とうずうずしている市民ランナーの方も多いのではないでしょうか。

 FacebookなどのSNSを眺めていると、参加した大会の写真をアップされる方も多く見かけます。これから先も、全国各地で様々なマラソン大会が開催されます。そこで今回は、「レース当日にやってはいけない5つのこと」について、お話ししたいと思います。

東京マラソン2016のスタートの瞬間。後方に写っているスタンド最前列で応援していました。(©東京マラソン財団)

レースの4~5時間前に起床し、3時間前に食事を!

 まず、1つ目は「空腹の状態でレースに出ない」ことです。私が現役の頃は、体をしっかり起こすために、レースの5時間前には起床していました。朝9時にスタートするのなら4時起床という早さ。それは無理だと思われる方でも、せめて4時間前には起きた方がいいと思います。

観光気分でつい食べ過ぎた…なんてことにならないようご注意を!(©Iakov Filimonov-123rf)

 食事はレース開始の3時間前ぐらいに摂ることをお勧めします。現役時代の私はホテルの日本食レストランにお願いして、おにぎりやおもち、お味噌汁などを出してもらっていました。当時は「カーボローディング」が主流でしたから、とにかく炭水化物を主に摂取していました。

 地方のマラソン大会に行くと、半分観光気分になったりして、宿泊したホテルの朝食バイキングでつい食べ過ぎてしまうことがあるかもしれません。レース前に食べ過ぎると、走り始めてから腹痛を起こしたり、気持ち悪くなることもありますので、食事はレースの3時間前に摂り、満腹の一歩手前に抑え、試合会場にはどこでもすぐに口にしやすいエナジーゼリーなどを栄養補給源として持参しましょう。

 ありがちなのが、食事を早めに摂りすぎて空腹感を覚えながらスタートする人。空腹を感じるのは、既にエネルギーが奪われ始めている証拠です。そのまま走るとあっという間に体力を消耗して体が動かなくなる恐れがあります。ウエストポーチやウエアのポケットに携帯用のエナジーゼリーなどを入れ、スタートの1時間前ぐらいに摂取したり、走っている途中で少しずつ補給することをお勧めします。

 特に風が強くて寒い日のレースは、体温が下がり、エネルギーを消耗しやすくなるので、こまめな栄養補給が大事になります。私も以前、11月に開催される「ニューヨークシティマラソン」に出場した際、強風で体が冷えてしまい、半分ほど走った地点で体力がなくなってしまいました…。そのときは走る前から空腹を感じていたので、エネルギーがなくなって体が動かなくなったのでしょう。

塩辛いものやカフェインはトイレの回数を増やす

 2つ目は「塩辛いものやカフェインを摂取しない」です。東京マラソンのように大きな大会では、トイレに長時間並ぶことが予想されます。トイレに並ぶ頻度を減らすためにも、喉が渇いて水を多く飲んでしまいそうな塩辛いおかずや、利尿作用があるカフェイン飲料(コーヒー、紅茶など)はなるべく控えた方がいいでしょう。

 脱水症状を防ぐために、水分を事前に多めに摂る人もいるかもしれませんが、走り出せば給水所で少しずつこまめに摂取することができます。頻繁にトイレに行かなくても済むために、適量を摂取するようにしてください。

初心者はレース序盤をウォーミングアップと考えよう

ウォームアップをやりすぎるとスタート前に疲れてしまう。初心者は特に注意。(©rubengl-123rf)

 3つ目は「ウォーミングアップをやりすぎない」こと。初マラソンの方は特に、現地に行くと興奮しがちです。張り切っていつも以上にウォーミングアップをやりすぎてしまう…。その気持ちは分かりますが、やりすぎると本番前から疲れてしまいます。

 宿泊先からスタート地点までをウォーミングアップ代わりに走っていく人もいますが、ウォーミングアップにしては距離が長過ぎないか、アップダウンが多く脚に負担がかかる道のりではないかなど、事前に確認した方がいいでしょう。時間に余裕があるなら、しっかり腕を振って早歩きするなどのウォーキングで、宿から現地に向かうのも立派なウォーミングアップの1つです。

 タイムが目的となるサブスリー(フルマラソンを3時間未満で走ること)やサブフォー(同じく4時間未満で走ること)のランナーはともかく、初心者の人は、スタート前は体操やストレッチなどにとどめ、レースの序盤をウォーミングアップ代わりにするぐらいの気持ちで走り始めることをお勧めします。

 理想は、自分よりほんの少し速めのランナーを見つけてその後をついていくこと。疲れてきたら、さらに少しスピードが遅めのランナーについていくなど、自分の調子に合わせたベストな“ペースランナー”を見つけられればいいですね。

 初心者は、気持ちが舞い上がって最初から飛ばしてしまいがちです。先日行われた東京マラソンの走り始めは、気持ちのいい下り坂。調子に乗ってついついスピードを上げてしまうと、下り坂が終わったとたんに平坦な道が上り坂に感じるような疲労感を味わいます。どのレースでも、可能なら事前にコースの下見を行ってほしいですね。車でコースを回って、坂道など、気になるポイントでは車から降りて、自分の足で高低差を確かめることができればベストです。

 私もアトランタ五輪では事前に3回に分けて試走し、コースの高低差などを確認しました。ソウル五輪金メダリストのロザ・モタ選手からは「だから疲れて優勝できなかったのよ」と言われましたが…(笑)。

スタート前に体を冷やさない工夫を

 4つ目は「体を冷やさない」ことです。これは冬場のレースや雨天・強風でのレースに言えることですが、レッグウォーマーやアームウォーマーのような取り外しが可能な防寒アイテムを使って、体の末端を冷やさないようにしたり、雨の確率が高ければ事前に防水スプレーをウエアにかけておいたりしましょう。特に3月、4月のレースは寒暖の差が激しくなりがち。取り外しができる防寒アイテムは体温調節ができるのでぜひご活用ください。

 ウォーミングアップ後は、肘や肩、膝裏などの関節にオリーブオイルを塗っておくと、体温保護の役割を果たし、ケガの予防にもつながります。

 また、防寒・雨天時の対策としてビニールを被っている人がいますが、ウォーミングアップで汗をかいたまま通気性のないビニールを被ると、中で蒸れて急激に体が冷えてしまいます。汗をかいたらウエアを着替えてからビニールを被るなど、なるべく体を冷やさないように心がけてください。

普段やっていないことを突然やらない

 5つ目は「本番前に特別なことをやらない」です。普段1人で練習している人ほど、大勢のマラソンランナーに混じって走ると気持ちが高ぶってしまったり、初心者ランナーは不安になったりして、普段やっていないことをやってしまいがちです。

 例えば、有名ランナーが使っているレース用の軽量シューズを、練習で試さずにレースでいきなり履いて走ったり、有名ランナーがやっているレース前のウォーミングアップ法を、実力が異なる初心者がそのまま取り入れたり…。それは体がびっくりしますし、「ケガへの道」に一直線です。

 今回は本番当日のお話をしましたが、それ以前の練習も同じことが言えます。例えば、マラソンに関する本で、「本番2週間前は、時速〇kmで30km走の練習をしましょう」と書かれていたとします。「そうか、本番前はこの練習をすればいいんだ」と、そのページだけを読んで実践する人がいますが、これは危険です。

 大事なのは、“流れ”。つまりそれまでにどんな練習をして、本番2週間前を迎えたのかということの方が重要なのです。もしそれまでの練習が、当初の目標の半分しかできていないなら、「2週間前の30kmの練習」を、スピードも距離も半分にするなど、得た情報を自分の現状に合わせて「アレンジする能力」が大事だと思います。

 自分でアレンジしたり、判断できない人は、「ランニング教室」などのランニングの専門家に、フォームや練習状況を見てもらったり、質問したりすればいい。そうして自分に合ったトレーニング法や調整法、当日の過ごし方などを自身で考えていくことが大事になります。

 簡単なことではないですが、本やWEBなどでたくさんのランニング情報が出回っている今だからこそ、自分に合った方法を探る力を、市民ランナーはそろそろ身につける段階にきたのではないかなと思います。

試合当日にやってはいけない5つのこと
  • 1:空腹の状態でレースに出ない
    エネルギー切れを防ぐためにも、レースの3時間前に朝食を摂り、エナジーゼリーなどを持参し、レース1時間前やレース途中で口にする。

  • 2:塩辛いものやカフェインを摂取しない
    水をカブカブ飲んでしまうものや、コーヒーなど利尿作用があるカフェイン飲料は控えた方が良い。トイレに並ぶロス時間を減らせる。

  • 3:ウォーミングアップをやりすぎない
    通常よりも多めに走ってしまうと体力切れになりがち。初心者はレースの序盤はウォーミングアップと考えて走ってみよう。

  • 4:体を冷やさない
    3月~4月は気温の変動が激しい。風が強かったり、雨天時には、体を冷やさないように気をつける。

  • 5:本番前に特別なことをやらない
    本番前に焦っていつもと違うことをやると、かえってよくない方向になることも。“いつも通り”を心がけよう。ランニング教室の先生に現状を見てもらってアドバイスをもらうことも大事。

 (まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。