この「過密日程」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。2019年にドーハで行われた世界陸上競技選手権大会の日程と比べてみましょう。
このように、世界選手権では、100m、200mを終えてからリレーまでに中2日の休みがあったのですが、東京五輪では、1日も休まずリレーが行われます。この日程で100m、200m、リレーの3種目に出場し、準決勝、あるいは決勝まで戦うと仮定すると、選手の負担が大きすぎ、最後のリレーに万全のコンディションで臨めなくなると陸連は考えたのでしょう。
「個人種目をしっかり戦った上で、リレーもがんばりたい」
日本オリンピック委員会(JOC)が東京五輪の金メダル目標数として過去最多の「30個」を掲げる中、陸上で金メダルが狙える男子4×100mリレーで勝つために、万全を期したいとの考えを示した陸連。その背景には、2019年に日本中を沸かせたラグビーワールドカップのように、「 “ワンチーム”で戦ってメダル獲得」という世間の期待に応えたい思いもあるように感じます。
しかし、この報道を受け、1人1種目しか出場できないことへの疑問が、SNSなどで数多く上がりました。何よりも、当事者である選手たちは動揺したことでしょう。100mの日本記録保持者で、100m、200m両方で決勝進出を狙える実力の持ち主であるサニブラウン・ハキーム選手(米フロリダ大)は、「まずは個人100m、200mをしっかり出てからのリレーかなと思っている」「個人種目をがんばった上で、リレーも手を抜かないスタンスでやっていければ」とコメントしています。選手からこうした意見が出るのは当然だと思います。100m9秒台が3人もいる日本の短距離選手の実力は、過去最高の状況で、短距離で五輪の決勝の舞台に立つことは、どの日本選手にとっても大きな夢と言っていいでしょう。
私は、短距離選手が100mや200mを1本走るごとにどれくらい体にダメージを受け、どれくらいのリカバリー時間が必要かを知りませんし、このタイトな日程が選手にどれだけの影響を及ぼすのかも分かりません。しかし、リレーでのメダル獲得という目標を最優先したい陸連側と、個人種目もしっかり戦いたいという選手側の、五輪に対する価値観の違いが浮き彫りになったこの状況において、陸連は、当事者である選手の思いにきちんと耳を傾けてほしいと思います。