日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 おかやまマラソン初のリタイアを招いた「3つの失敗」

練習不足の状態で最新シューズをいきなり履き、体が適応しきれず

 有森裕子=元マラソンランナー

 2020年、いよいよオリンピックイヤーが幕を開けました。マラソン代表の残り1枠をかけた最終選考(MGCファイナルチャレンジ)は、男女ともに残すところあと2レースですが、全身全霊で五輪の切符を勝ち取りにいく選手たち、そして、既に五輪代表の座を手にして日々トレーニングを重ねている選手たちを、私も一生懸命応援したいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします!

 そんなワクワクする話から一転してしまいますが、今回は、すべてのランナーの方に読んでいただきたい、私の「トホホな失敗談」をお話ししたいと思います。

5回目の「おかやまマラソン」で初めての途中棄権!

 2019年11月10日に、毎年恒例となっている「おかやまマラソン2019」に参加してきました。この連載を読んでくださっている方にはもうおなじみかと思いますが、5回目を迎えたこの大会は、私の故郷・岡山を盛り上げるため、第1回開催の企画段階からお手伝いしてきた、とても思い入れのある大会です。

 おかげさまで、大会の魅力が少しずつランナーの間に浸透し、「おかやまマラソン2019」には過去最多となる3万4485人ものエントリーがありました。今回も、晴天の下に大会は盛り上がり、無事に幕を閉じました。私自身も年に1回、この大会だけはフルマラソンを走り、市民ランナーの方々と交流を図ることを恒例にしてきて、その感想をこの連載に綴ってきました。

 大会本番に向けた準備として、毎年、ゲストランナーとして参加する全国各地のマラソン大会で10km程度の短い距離を走り、トレーニング代わりにしていました。ところが今回は、スケジュールの関係でその機会が減り、走るトレーニングがほとんどできず、不安を感じていました。スクワットなどの日常生活でできるトレーニングの量を増やして、筋力を落とさないように意識していたものの、結果を先にお伝えすると、残念ながら今回は完走できず、途中棄権に終わってしまいました。最大の原因は練習不足ですが、それに加えて、初心者のようなミスも犯してしまったのです。

「おかやまマラソン2019」のスタートラインに並ぶランナーたち。約1万6000人が岡山の街を駆け抜けました。

新しいシューズをぶっつけ本番で履いて走り、脚に異変が…

 実はレース当日に、足慣らしもせず新作のランニングシューズを履いて走ってしまいました。私は「おかやまマラソン」では毎年、単にフルマラソンを走るのではなく、途中で他のランナーを応援したり、ハイタッチをしたり、地元の皆さんが沿道で提供してくださる名産品をいただいたりして、たくさんの方と交流を図りながら走ります。そのために途中で歩いたり、立ち止まったりするので、そこまでシューズにこだわらなくても影響はないだろうとタカをくくってしまったのです。走るトレーニングはもちろん、ウォーキングもせずに、ぶっつけ本番で新しいシューズを履き、ウォーミングアップもそこそこにスタートラインに立ってしまいました。

 スタートから最初の5kmは、普段のシューズでは得られない走りやすさに驚きながら、1km6分ぐらいのペースでスイスイと走っていきました。最近のランニングシューズは、少ないエネルギーで効率的に前に進むように設計されているので、自然にペースが上がっていくのですが、心肺機能を高める練習をまったくしていなかったので徐々に体がついていけなくなり、想像以上に息が上がってしまいました。そうしているうちに、どんな風に体を動かせばいいのかわからなくなってしまい、とうとう27kmあたりで歩き始める展開に…。すると、今度は両方のふくらはぎがつってしまいました。靴底の形状がいつも履いているシューズと異なることもあり、鍛えていない筋肉が悲鳴を上げたのだと思います。

 「これはもう無理だ…」と立ち止まり、リタイアすることにしたのですが、ランナーの皆さんが走りながら「有森さ~ん!」「大丈夫ですか?」と声をかけてくださるので、ふくらはぎの痛みが消えたところで「よし」と気合いを入れ、コースの真ん中に立ちました。そのまま最後までハイタッチをして皆さんを見届けた後、タクシーを拾ってゴール地点に戻ったという次第です(苦笑)。

実業団時代の仲間たちと、スタート前のひととき。

最大の原因は事前準備を怠ってしまったこと

 今回の途中棄権に至った経緯を振り返ってみると、原因は3つありました。最大の原因は、練習不足でレースに出たことです。スクワットだけでは新しい靴の機能を十分に使いこなせる筋力が足りず、完走できる持久力も足りなかったのだと思います。2つ目は、練習をしていない上に、足慣らしすらせず、ぶっつけ本番で新しいシューズを履いてしまったこと。3つ目は、その靴の形状や機能が今の自分の筋力や走り方に合うのかを事前に確認していなかったことです。

 …というように、今回私は、初心者ランナーがやりがちな失敗の数々を、自身の過信によって見事に実践してしまったとしか言いようがありません。かつてこの連載でもシューズの選び方などをご紹介していたのに、お恥ずかしい限りです…。

シューズの機能を知り、使いこなす準備がよりいっそう必要な時代に

 近年、マラソン界では新しいシューズの話題が絶えません。国内外の大きなマラソンレースや駅伝を見ると分かるように、多くの一流選手がカーボンファイバープレートを搭載したクッション性の高い厚底シューズを履いています。そんな世界のマラソン界を席巻している人気シューズの後を追うかのように、各社がテクノロジーを駆使したシューズ開発に力を入れ、競争は激化しています。

 今回のおかやまマラソンでは、単に新しいシューズをいきなり履いて失敗したというだけではなく、そうした道具の進化を身に染みて感じました。昔のシューズは、人間が本来持っている能力をサポートする役割に徹していました。ところが今は、最新テクノロジーを導入したシューズに適応し、使いこなせるように、人間の方がトレーニングしなければいけない状況に変わりつつあるのだと。

 シューズの進化は、ランナーの持つ能力の幅を確実に広げつつあり、その流れは今後も止まることはないでしょう。記録を狙いたいと思えば思うほど、最新シューズの機能は魅力的に映ります。しかし、軽い気持ちで履いてレースに出るのではなく、進化した機能をしっかり理解し、今まで以上に履き慣らす準備をしてから本番に臨むことが不可欠になっています。私のように、「これぐらいなら大丈夫だろう」といった安易な考えでは、素晴らしい機能も裏目に出てしまうことを、今回の途中棄権で痛感しました。この失敗談を、皆さんにはぜひ反面教師として生かしていただければと思います。

(まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。