日経グッデイ

あの人のカラダマネジメント術

室伏広治さん 寝る前の「猫伸びストレッチ」でぐっすり

元ハンマー投げ選手の室伏広治さんに聞く(2)

 高島三幸=ライター

2004年のアテネ五輪で金メダル、2012年のロンドン五輪では銅メダル、2011年の陸上世界選手権・テグ大会では36歳という大会史上男子最年長での金メダルを獲得した、陸上界のレジェンド・室伏広治さん。四半世紀にわたり第一線で結果を出し続けた理由の一つに、室伏さんは「集中力」を挙げる。集中力を高め、維持し続けるにはどうすればいいのか。今回は「睡眠」と「運動」――自身で生み出した「ハンマロビクス」というトレーニング法についてお話しいただく。

元ハンマー投げ選手の室伏広治さん。犬や猫のような“伸び”が入眠へのカギだと言う

 集中力を高めて維持するためには「栄養」「運動」「疲労回復」のバランスが大切ですが、体を回復させるための観点でいうと、やはり睡眠が重要になります。今回はまず、「睡眠」についてお話しできればと思うのですが、実は私自身、睡眠でひどく困ったという経験がありません。飛行機に乗ってもすぐに寝てしまい、欧州に着地したことすら気づかなかったという経験もあるぐらいよく眠れる体質なのです。

眠れなかったのに結果が出た!

 大事な試合の日は緊張や不安で眠れないというアスリートもいるかもしれませんが、若い頃の私は、不安で眠れないというより、「とんでもなく良い記録が出たらどうしよう」という、調子の良さからの抑えきれない興奮や緊張感から眠れないことはありました。それでも、ベストパフォーマンスを発揮することができました。

 そうした自身の成功体験を振り返っても、集中力を発揮するためには、ある程度の緊張感を持つことが大事だと思います。「どんな状況もすべてプラスに転換し受け入れて、全力を尽くす」。それがプレッシャーなどを集中力に変える方法だとも思います。

 皆さんも重要なプレゼンの前や納期前などに、プレッシャーやストレスを抱えて眠れなかった経験があるかもしれません。しかし、高い目標を掲げ、それに向かって努力し、しっかり準備してきたのであれば、その時感じるプレッシャーやストレスでさえ力を発揮するための力となっていくでしょう。

 とはいえ、万全な状態を保つためには、しっかり寝るに越したことはないかと思います。日ごろからなかなか寝付けなかったり、眠りが浅く寝起きがスッキリではなかったりすると、心身ともにストレスを抱えたままで回復しません。回復できないとやはり集中力は低下します。休日に家でゴロゴロ休んでいても、「疲れが残る」「だるさが続く」と訴える人が最近多いようですが、「睡眠の質の低下」は大きな原因の一つに挙げられるでしょう。

 自分でできる改善案は、枕やベッドのマットレスの硬さ、眠るときの体の向き、寝間着、カーテンから入る光の具合、室温や湿度、入浴や夕食の時間を調節するなど、自分なりに眠りやすい環境や生活習慣、アイテムを探ってみたり、季節によって変えてみたりすることでしょう。

 睡眠時間が確保できているのに疲れがとれなかったり、眠れない日が2週間以上続いたりするならば、何かしらの疾患が原因であるケースもあります。早めに専門医に相談するのがいいと思います。

犬や猫の“伸び”が入眠へのカギ

「質の高い睡眠を取るコツ?『入眠』だと思います」

 質の高い睡眠を取るためには、入眠が大事なポイントの一つだと思います。

 入眠しやすくするためには、寝る前にストレッチなどで体をほぐしてリラックスするのもいいといわれています。また、手をぐっと上に上げて“伸び”をしたり、できるだけ自由に体全体をよく伸びる方向に伸ばしたり、背中を丸めながら縮めた後、腕と体を思いっきり伸ばし、そのままパッと一気に力を抜いたりするのもいい。何度か繰り返すと、余計な力が抜けて心身ともにリラックスします。

 この時の呼吸は、息を吸った後、一旦息を止めながらギューッと体全体を伸ばすように力を入れます。そして力を一気に抜くと同時に息も吐きます。もしくは息を吸って、ゆっくり息を吐き続けながら全身に力を入れ、最後に全身の力を抜くのもいいでしょう。

 あくびをしながら伸びをしている犬や猫の姿を見たことがあると思いますが、あれはリラックスしている証拠です。交感神経と副交感神経のバランスが良くなって入眠しやすくなるのだと思います。私も寝る前にそうした“伸び”をよくやっています。

昼寝でアイデアも一旦寝かせる

 睡眠でいえば、昼寝もお勧めです。体や頭を休めることで午後からのパフォーマンスが上がります。

 現役中は、7時間は寝ていましたが、午前と午後にハードな二部練習をする日は、昼ご飯を済ませた後に、30分ほど必ず横になって昼寝をしていました。それだけでも、体・メンタルともにだいぶ回復し、午後からの練習に集中しやすくなります。それはビジネスパーソンも同じ。休みなく仕事をやり続けると、やはり集中力は続かないし、新しいアイデアも浮かびません。仕事の効率が下がり、結局非効率になります。

 理想としては、短くてもよいので一旦睡眠を挟んで、午前中に湧き出たアイデアを漬け物のようにそのまま脳に寝かせてみる。そうすると、アイデアが記憶として定着しやすくなるし、「もっとこうすれば良くなるのでは」とブラッシュアップされやすくなるように思います。

 皆さんも、ランチ後に時間が取れるようであれば、10~15分ほど昼寝をしたり、先程の“伸び”を行って十分に心身を緩ませた後に、数分でも目をつぶってリラックスしたりしてはどうでしょうか。リフレッシュできて、午後からの仕事に集中力を欠くことなく、取り組めるように思います。

自分で生み出した「ハンマロビクス」

 運動の面でいえば、軽いジョギングや自重を用いたスクワットなど、軽めの運動を習慣化し、リフレッシュすることは大切だと思います。デスクワークが続くのであれば1時間に1度は立ち上がって歩いたり、体を伸ばしたりして、血流を良くすることが大事でしょう。

 私自身の運動の話をすると、現役時代の終盤は、ケガせず自分の肉体や年齢の限界を超えていくことを意識していました。そのために重要視していたのは、いわゆる筋トレメニューによくある、バーベルの上げ下げや、スクワットの繰り返しといった「同じ動きを繰り返す反復トレーニング」ではなく、「広い範囲の感覚を働かせるトレーニング」でした。

 例えば、スクワットのような姿勢を保持したまま、バーベルの両端にワイヤー付きのハンマーをぶら下げたものを持ち、左右のハンマーをリズムよく揺らします。これは、物体(ハンマー)の動きの変化を感知し適応しながら物体を動かすことと、それによって姿勢を崩すことなく体を制御してコントロールすること、という2つのことを同時に行う、より高度なトレーニング方法です。

 重りが振り子運動で揺れるときに生じる“不規則な動き”に適応しようとするとき、人間はあらゆる感覚器や神経回路を使おうとします。ただ単にバーベルの重さに重点を置いたり、反復回数によって追い込んだりするトレーニングとは違い、このようなトレーニングではその瞬間瞬間の状況を、即興で判断しなければならない環境下に置かれます。そのため潜在的な力を引き出し、あらゆる感覚を鍛え、集中力を高めることもできるのではないかと、研究を重ねています。

 私はこうしたトレーニングを「ハンマロビクス」と名付けました。誰も取り組んでいない方法を自ら編み出して実行することから、飽きることなく、ワクワクしながら能動的に取り組むことができました。自身に合うトレーニング方法を編み出す楽しさは、長く競技を続けるための力となりました。

 次回は、私が考案した「ハンマロビクス」を、皆さんが身近な環境で行えるようにアレンジしたエクササイズを、いくつかご紹介したいと思います。

(第3回に続く)

(写真 鈴木愛子)

室伏広治(むろふし こうじ)さん
室伏広治(むろふし こうじ)さん 元男子ハンマー投げ選手。1974年生まれ。現役中の2008年に中京大学大学院修了後、博士号(体育学)取得。中京大学准教授を経て、2014年東京医科歯科大学教授。2001年世界陸上エドモントン大会で銀メダル、2004年アテネ五輪で金メダル、2011年世界陸上テグ大会で金メダル、ロンドン五輪では銅メダルを獲得。4大会連続で五輪に出場。日本陸上競技選手権大会20連覇。自己最高記録は2003年6月プラハ国際で記録した84m86(アジア記録、世界歴代4位)。著書に『ゾーンの入り方』(集英社新書)など。