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一から学ぶ、認知症

39歳で認知症と診断されたトップ営業マン

今も社員を継続、「認知症だから何もできない」と決めつけないで

 聞き手:庄子育子=日経ビジネス編集委員/医療局編集委員

仙台市に住む丹野智文さんは2013年、39歳のときに若年性アルツハイマー型認知症と診断された。当時、大手系列の自動車販売会社の営業職で、成績はトップクラスだった。「これでクビになるのではないか」。そんな不安が襲ったが、会社の理解のもと、事務職に移り、今も勤務を続けている。
認知症になって会社を辞めざるを得ない人がたくさんいる。会社を辞めれば生きがいがなくなってしまう。危機感を募らせる丹野さんは現在、休日を利用して、自らの経験を語る活動に力を入れる。
認知症という病の実態、仕事や会社のこと、そして現在抱える様々な思いを語ってもらった。

若年性アルツハイマー型認知症と診断されるまでの経緯を教えていただけますか。

丹野 智文(たんの ともふみ)氏

丹野:一度お医者さんに診てもらおうと近くの脳神経外科クリニックに行ったのは、3年前のクリスマス、2012年12月25日のことでした。実は、その3年ぐらい前から、仕事をしていて人よりも物覚えが悪いなと感じ始めていました。

そのころはフォルクスワーゲンを販売されていたんですよね。

丹野:ええ。大学卒業後、ネッツトヨタ仙台に就職して、3年目から系列のフォルクスワーゲンの販売店に異動になっていました。

トップ営業マンだったと伺っています。

丹野:そうですね。店内トップの販売成績を挙げ続け、東北で一番にもなりました。

 でも、2009年ごろから記憶力が低下しているなと感じ、メモを取って仕事をするようにしていました。最初のうちは、「佐藤さんにTEL」と書いていれば、どこの佐藤さんにどんな用件で電話するのかわかっていた。けれど、次第にそれがわからなくなったんです。あれ、どこの佐藤さんだったかな、何の用事で電話しなければいけないのかな、って。

 それで、メモには、仙台市青葉区のどこの佐藤さんにタイヤ交換の件で電話するなどと内容を細かく書くようにしました。そうやって仕事はできていたんですが、今度はお客さんの顔が分からなくなってきて、若い後輩に「お客さんのところに行きなさい」と指示すると、「あの方は丹野さんのお客さんですよ」ときょとんとされて……。

 自分のお客さんが分からないなんておかしいなとは感じながらも、疲れているからとか、ストレスのせいだろうとずっと思っていました。

 ところがある日、一緒に働いていたスタッフの顔と名前がわからなくなり、席に戻って組織図を見てこの人かなと思ってしゃべったことがあったんです。それで異変を自分でもはっきり認識して、クリニックを受診しました。

 そこでは「精密検査が必要」と、専門病院の物忘れ外来を紹介されました。年明けに病院に行くと、すぐに検査入院となり、2週間後、「若年性認知症だと思うけどこの年齢で見たことがないから大学病院へ行ってくれ」と言われました。不安が募りましたが、まだ確定したわけではないと気を取り直して、大学病院に行ったところ、また1カ月入院することになりました。その間、あらゆる検査を受け、「若年性アルツハイマー型認知症に間違いありません」と診断されました。2013年4月、39歳のときです。

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