日経グッデイ

おとなのカラダゼミナール

皮膚の傷跡が残る場合と消える場合、何が違う?

皮膚には傷をきれいに消すための限界ラインがあった

 伊藤和弘=フリーランスライター

聞きたかったけど、聞けなかった…。知ってるようで、知らなかった…。日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説する連載コラム。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の“からだ知恵録”をお届けしよう。

皮膚の表面にできた浅い傷ならきれいに治る。(©roblan-123RF)

 生き物が機械と決定的に違うのは、外部からの衝撃でどこかが壊れたとき、放っておいても自然に治ること。ちぎれた手足がトカゲの尻尾のように生えてくることはないが、ちょっとやそっとのケガなら自然に治ってしまう。考えてみればスゴイことだ。

 ケガややけどをしたとき、多くの人が気にするのは傷跡の問題だろう。同じ傷なのに、跡が残るものと、きれいに消えるものがあるのはどうしてなのか?

 「傷の治り方には2種類あるんですよ」と、埼玉医科大学病院院長補佐で形成外科教授の市岡滋氏は話し始めた。

跡が残るのは「真皮」深くまで達した傷

 「皮膚は外側から表皮、真皮、皮下組織の3層構造になっていますが、傷がどこまで達したかによって治り方が変わります。例えば日焼けのように、やけどでも表皮しかダメージを受けない場合はきれいに元通りに治り、これを“再生”といいます。ところが真皮の半ば以上まで達した深い傷は、再生できずに跡が残ってしまう。この治り方が“修復”。切創(切り傷)でも熱傷(やけど)でも同じことです」

傷がどこまで達したかによって治り方が変わる
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皮膚は外側から表皮(茶色の部分)、真皮(肌色の部分)、皮下組織(黄色の部分)の3層構造になっている。表皮しかダメージを受けない場合はきれいに元通りに治るが、真皮の半ば以上(青い点線)まで達した深い傷は、再生できずに跡が残ってしまう。(図提供:市岡教授)

 転んでヒザを擦りむいたくらいではめったに跡は残らないが、同じ擦り傷でもバイクの事故などでできた大きな傷は跡が残る。これも真皮深くまで傷が達したため。要するに、傷の種類やできた原因ではなく、あくまで深さが問題になるわけだ。

 正常皮膚の再生が可能なのは、真皮の中に達した深い傷でも、「毛穴」が残っているレベルまで。毛穴の中には表皮の細胞が入り込んでいるので、傷ができた真皮のなかに毛穴が残っていれば、表皮の細胞が真皮の上に出てきて正常皮膚を増殖できる。しかし毛穴が失われるレベルの深い傷になると、真皮の上に表皮細胞がない状態になってしまうために、正常皮膚の増殖ができない状態になってしまう。つまり、傷ついても真皮と表皮が接している状態が残されていれば、傷跡はきれいに治るわけだ。

4つのプロセスを経て傷は「修復」される

 跡が残るような深い傷はどうやって治るのだろう。「修復には4つのプロセスがあります」と市岡教授は続ける。

1 出血凝固期
 皮膚とともに血管が破れて血が出る。出血が止まらないと命に関わるので、カラダはまず傷口の血を止めることを最優先にする。血液中の血小板が活性化して凝固作用のある物質を放出し、血栓(血の固まり)を作って破れた血管をふさぐ。また、空気に触れた血液や浸出液が乾燥してカサブタになり、傷口の表面をふさぐ。

2 炎症期
 傷の部分に白血球が集まり、死んだ組織や外部から侵入した細菌を除去する。「火事で焼けた家に例えると、新たな家を再建する前に残ったガレキを取り除くプロセス」と市岡教授。このとき傷の周辺には腫れ、発熱などの炎症反応が見られる。

3 増殖期
 白血球の一部である「マクロファージ」の活動によって「線維芽細胞」が呼び寄せられ、肌のハリや弾力の基となるコラーゲンなどを作り出す。そこに栄養を運ぶために新しく毛細血管もできる。この線維芽細胞やコラーゲン、毛細血管が集まった「肉芽(にくげ)組織」が、失われた部分を埋めるように盛り上がっていく。しっかりした肉芽組織ができると、それを足場にして表皮を再生する。傷を埋めた肉芽組織は「瘢痕(はんこん)組織」に変わる。

4 成熟期
 表皮の下で組織の新陳代謝が進み、過剰にできた部分が吸収され、傷跡が目立たなくなっていく。市岡教授によると、「この期間はおよそ6ヵ月。したがって交通事故の後遺症などの診断書を書くときは、事故から6カ月は待たなければいけない」という。

深い傷に発生した瘢痕は永久に残る

 前に触れたように、傷跡が「残る」のは傷が真皮の半ば以上まで達した場合だが、それは傷の再生過程でできた瘢痕組織が正常皮膚に変わらず、表皮から透けて見えるためだ。瘢痕は時間とともに色も薄くなって目立たなくなるが、瘢痕は瘢痕として永久に残るという。正常皮膚ではないので、毛も生えないし、汗や皮脂も分泌しない。確かに「治る」のだが、完全に元通りになる再生と違って、修復の場合は「二度と元には戻らない」わけだ。

 傷跡を目立たないようにするには、「瘢痕の量を最小限にすること」と市岡教授。その代表的な方法が「縫合」だ。大きな傷口を縫い合わせることで小さくし、自然治癒を早めるとともに瘢痕の量を抑えられる。

 細菌が入って感染を起こすと傷の治りが遅くなり、瘢痕も大きくなってしまう。擦り傷などは、まず傷口を洗うことが大切だ。本来なら「再生」できれいに治るレベルの傷でも、砂などの異物が残っているとその上に表皮ができて、刺青のように残ってしまう。

早く治り、痛みも少ないモイストヒーリング

 傷の治し方として、最近は「モイストヒーリング」(湿潤療法)が広まってきた。

 これは水を通さないフィルム剤などで傷から出てくる浸出液をキープし、乾燥を防いでカサブタを作らないようにする治療法だ。実は歴史も古く、1962年には英国で動物実験が行われ、「Nature」誌に論文が発表された。「モイストヒーリングは現代の創傷治療の基本です。早く治るし、痛みも少ない」と市岡教授は話す。

 「カサブタは表皮がなくなった部分を保護するためにできますが、表皮の再生を遅くする側面もあります。また、浸出液の中には傷の治癒を促進する因子が含まれている。そのため、保持したほうが早く治るわけです」

 ドラッグストアでもモイストヒーリング用のバンソウコウが市販されているので、試しに使ってみるのもいいだろう。

 ただし、注意しなければいけないのは感染症だ。細菌がいる状態でモイストヒーリングを行うと、菌が大繁殖してしまう。モイストヒーリング用のバンソウコウを貼るのは、傷ができてすぐ。貼る前には傷口を洗い、異物や細菌をしっかり洗い流すことが原則だ。

 消毒薬を使うべきではない、という意見もよく聞く。消毒薬によって正常な細胞もダメージを受け、治りが遅くなるというのだ。確かにその通りなのだが、「傷の治りを最も悪くするのは菌が感染すること。汚れた刃物でついた傷など、感染のリスクが考えられるときは消毒薬を使うことを勧めます」と市岡教授は注意を促す。

 傷そのものは一見大したことがなくても、病院に行ったほうがいい場合もある。以下のような傷は軽く考えず、必ず医師に診てもらおう。

医療機関を受診するべき傷
●2~3分圧迫しても血が止まらない
●筋肉や腱が見える深い傷
●傷口がギザギザになっている
●広範囲にわたっている
●動物や人にかまれた(感染のリスクが高い)
●異物が入っていて水で洗っても取れない
●水ぶくれができたやけど
最先端の創傷治療法とは?

 最先端の治療法を使えば、傷はどこまで直せるのだろうか。現在、注目されているのは「再生医療」と「局所陰圧閉鎖療法」だ。

 再生医療で使われるのは、増殖する幹細胞、細胞が増殖する足場、増殖をうながす成長因子の3要素。特に創傷治療の臨床現場では、コラーゲンなどを素材として開発された「人工真皮」と、「成長因子製剤」が使われることが多いという。かつて、腫瘍を取った後のくぼみや、骨が露出するような深い傷は自然な修復が追いつかず、大がかりな移植手術をするしかなかった。

 しかし、「このようなとても深い傷も、人工真皮を入れると、これを足場にして肉芽組織ができてきます」と市岡教授。成長因子製剤を併用すれば、さらに修復が早くなるという。なお、人工真皮は時間が経つと体内に吸収される。

 一方の「局所陰圧閉鎖療法」は2010年から保険が適用された最新の治療法。掃除機のように傷口を物理的に吸引するというものだ。傷口を小さくする、細菌や老廃物を取り除く、余分な浸出液を吸い取る、血流を良くして細胞を活性化させる、といった多くの効果が期待できる。

 市岡教授は「これら最先端の創傷治療法を組み合わせることで、糖尿病の合併症など、かつては手足を切断するしかなかった傷も治せるようになってきました」と笑顔を見せる。

 傷の治療といったレベルを超えて、米国では切断した指を再生する治療が登場していると聞く。このまま再生医療が順調に進歩していけば、はるか未来には「事故で失った手足も再生できる」―なんて時代も来るかもしれない。

市岡滋(いちおか しげる)さん
埼玉医科大学病院 院長補佐 形成外科教授
市岡滋(いちおか しげる)さん 1988年、千葉大学医学部卒業。97年、東京大学大学院修了。東京大学医学部助手、埼玉医科大学助教授などを経て、07年より教授、14年より現職。芝浦工業大学客員教授、東京大学非常勤講師を兼務。日本創傷治癒学会理事。著書に『創傷治療の臨床』(金芳堂)、『創傷のすべて』(克誠堂出版)など。