日経グッデイ

おとなのカラダゼミナール

お腹がよく鳴るのは健康? 不健康?

胃と腸には自動的に伸び縮みして中身を掃除する働きがあった!

 佐田節子=ライター

聞きたかったけど、聞けなかった…。知ってるようで、知らなかった…。日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説する連載コラム。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の“からだ知恵録”をお届けしよう。

お腹がグーと鳴るのは体には良いことだ。(©art3d-123RF)

 シリアスな会議中に突然、お腹がグーッと鳴って、恥ずかしい思いをした…。昼食までまだ1時間もあるのに、お腹がグーグー鳴って困った…。そんな経験をした人も多いのではないだろうか。筆者も取材中に「今は鳴らないでほしい!」と密かに願ったことが何度もある。

 しかし、消化管の動きに詳しい埼玉大学大学院理工学研究科教授の坂井貴文さんは、こう言う。

 「お腹が鳴るのは、とてもいいことなんですよ」

 なぜ、いいのか。坂井さんは次のように説明する。

 「空腹になってお腹が鳴るのは、胃が強く収縮するからです。これは『空腹期収縮』と呼ばれるもので、この収縮が胃で起こると、それを受けて小腸の方でも次々に収縮が起こります。強く収縮することで、中にあるものを絞り出すように先へ先へと運んでいるわけです。そして、このような強い蠕動(ぜんどう)運動の結果、胃や小腸の中が空っぽになる。つまり、グーと鳴るとき、お腹の中では大掃除が行われているのです」(坂井さん)

 なるほど、お腹のグーは「ただいま、お掃除中!」のアナウンスのようなもの。次に入って来る食事を受け入れるべく、お腹の中をきれいにしているのだ。

食事の4~7時間後にお腹は鳴る

 では、なぜあんな音が鳴るのだろう。“グーッ”“グルグル”“キューッ”など、いろいろなバリエーションがある。

 「空腹期収縮が起こると、胃の中にある食べものの残りカスや水分、空気などが激しく撹拌(かくはん)されて、音が生じる。胃のどの部分がどう動くか、中に空気がどのくらいたまっているかなどによって、“音色”は違ってきます。胃の中の状態によっては、空腹期収縮が起こってもグーという音が聞こえないこともあります」と坂井さん。

 なお、小腸でも空腹期収縮のときには、グーとかキュルキュルといった音が生じているが、胃の“大音響”に比べると格段に小さいと考えられる。

 空腹期収縮は、一般に食事をしてから約7時間後に出現すると言われているが、坂井さんらが行った動物実験では、約4時間後に空腹期収縮と同様の強い収縮が確認されたという。

 「食事をすると、胃は『食後期収縮』と呼ばれるモゴモゴとした動きを繰り返して、食べものを消化します。消化が進んで胃が空になると、食後期収縮に連続して、キューッと強い収縮が胃に起こる。これを空腹期収縮と呼ぶかどうかは議論の余地がありますが、収縮の強さはまさに空腹期収縮と同じ。もちろん、お腹もグーと鳴ります。例えば、朝食を7時半にとると、昼前の11時半くらいにはもうお腹が鳴って困るということも珍しくない。食事をした後の消化管の掃除は、もしかしたら従来言われているよりも早く始まるのではないか、と考えています」(坂井さん)

モチリンの分泌が高まるとお腹がグーと鳴る
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胃や腸の動きを調節するモチリンというホルモンの血中濃度がピークに達すると、胃が強く収縮し、お腹がグーと鳴る。この「空腹期収縮」は、90~120分間隔で起こる。坂井さんらの研究では、食物を消化する「食後期収縮」の後にも強い収縮が起こることがわかった。(イメージ図:坂井さん提供)

十二指腸から出るホルモンが胃をくねらせる

 お腹がグーと鳴って空腹感を覚えても、ちょっと我慢していると平気になる。そして、しばらくするとまたグーと鳴って、「ああ、お腹が空いた!」と感じる。でも、また我慢していると、空腹感はどこかに消えて…。“グー”と空腹感は、いわば波状攻撃でやって来る。これはどういうことなのか。

 「個人差はありますが、空腹期収縮は90~120分間隔で繰り返し起こることが分かっています。このような消化管の運動を調節しているのが、十二指腸から分泌される『モチリン』という名前のホルモンです」(坂井さん)

 モチリンとはなんともかわいい響きだが、ちゃんと由来がある。モチリンのモチは「運動」、リンは「刺激する」という意味。文字通り、胃腸の運動を刺激するホルモンというわけだ。

 モチリンが空腹時に分泌されると、胃はキューッと身をよじるようにして空腹期収縮を起こす。このことを犬を使った実験で初めて詳しく研究したのが、群馬大学医学部教授の伊藤漸(すすむ)さんだった。坂井さんはかつて伊藤さんのもとで助手として研究していたという。

 「モチリンが増えると空腹期収縮が起こって、グーとお腹が鳴り、空腹感を覚える。しかし、しばらくすると血中のモチリンが減るため、空腹感が消えて行く。そして、また90~120分ほどすると、モチリンの分泌量が増えて、“グー”と空腹感が一緒にやって来る。モチリンの血中濃度と胃の収縮は、見事に連動しています」と坂井さん。

 それにしても、なぜ90~120分間隔なのだろうか。坂井さんはこう続ける。

 「我々もそのメカニズムを知りたくて研究しているところですが、まだ謎は解けていません。ただ、90分周期というのは、レム睡眠やある種のホルモンの分泌など、生体ではよく見られるリズム。生体にとっては何か重要な意味とそれを支えるメカニズムがあるのかもしれません」

お腹が鳴っても食事をすぐ取らないのが得策

 ところで、お腹がグーと鳴ったとき、悩むのが「今、食べるべきか」、それとも「空腹感が去るのを待つべきか」だ。坂井さんに聞いてみた。

 「お腹が鳴っているときに食事をすると、空腹期収縮が食後期収縮へとすぐに移行しますから、掃除が中断されることになります。だから、グーッと鳴ったからと言って、すぐには食べない方がいい。せっかくお腹をきれいに掃除してくれているのだから、次の食事までは空腹の状態でいる方が得策です。犬を使った研究では、胃から始まった蠕動運動が小腸の端まで伝わるのに、やはり90分ほどかかることが分かっています。つまり、掃除が一通り完了するには、そのくらいの時間を見ておいた方がいいということです」

 それでも、お腹が空いて、90分も我慢できないこともありますが…。

 「確かに、我慢するのは難しいですね。ならば、掃除は夜、寝ている間に任せるという手もあります。夕食を早めにとり、それ以降は何も食べない状態で朝を迎える。そうすれば、寝ている間に掃除がきれいに終わります」

 坂井さんによると、最近、「小腸内細菌過剰繁殖症(SIBO)」という病状が注目されているという。小腸内によくない細菌が異常繁殖してガスが発生し、腹部の膨満感や下痢などの症状が出る。消化管の運動不全が原因の一つと言われている。

 「空腹期収縮で腸をしっかり動かして、お腹の中をきれいにすることは、このような病態の予防にもつながります」と坂井さんは言う。

 お菓子などをだらだら食べ続けたり、お腹が空いていないのに食事をしたり…。そんな生活を送っていると、“グーの音”も出なくなる。お腹の掃除はとても大事。“グー”と空腹感のある毎日を送ろう!

坂井貴文(さかい たかふみ)さん
埼玉大学大学院理工学研究科、理学部生体制御学科 教授
坂井貴文(さかい たかふみ)さん 群馬大学教育学部卒業。博士(医学)学位取得。埼玉県公立高等学校教諭、群馬大学内分泌研究所助手、米国国立衛生研究所特別研究員、埼玉大学理学部講師、助教授、教授などを経て、2006年から現職。専門は、分子内分泌学、消化器生理学。