日経グッデイ

データで見る栄養学

「〇〇は体にいい」を一度疑ってみる

第1回 健康情報のエビデンス、その落とし穴とは?

 村山真由美=フリーエディタ―・ライター

 「ダイエットには〇〇がいい」「〇〇という食べ方は健康にいい」など、ちまたには様々な栄養健康情報があふれている。しかし、実践してみた結果どうだっただろうか。「はやっているからやってみる⇒結果が出ない⇒やめる」というパターンを繰り返している人も多いのではないだろうか。なぜ、私たちは情報に踊らされてしまうのか。栄養健康情報を正しく取捨選択するにはどうしたらいいのだろうか。早くからEBN(evidence-based-nutrition:根拠に基づく栄養学)に注目し、「ぶれない食べ方」を身に付けることを提唱している東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野教授の佐々木敏さんに話を聞いた。

「エビデンスがあるから」と思考を止めず、なぜだろう?などと考えてみることが大事(c)Ferli Achirulli-123rf

エビデンスはあっても役に立たないこともある

 最近の栄養健康情報の多くは、「〇人が試した結果、〇〇という結果が出た」などのデータに基づいて解説されることが多い。データがあるなら信じられると思いがちだが、「研究データがあるからといって、実生活に役立つとは限りません」と佐々木さん。

「野菜を先に食べると血糖値の上がり方が穏やかになる」という研究結果は、本当に日常生活に応用できる?(c)kazoka30-123rf

 「例えば、最近話題の『野菜を先に食べると血糖値の上がり方が穏やかになる』という説。これを調べるには、『野菜を先に食べると、〇〇を先に食べるよりも血糖値が上がりにくい』と比較する群が必要です。そこで、ある研究で野菜とご飯を比較したところ、野菜を先に食べたほうが血糖値が上がりにくかった(*1)。この研究に基づいて『野菜を先に食べたほうがいい』と言われているわけですが、では、この研究結果は、本当に私たちの日常生活に活用できると思いますか?」

 野菜を先に食べるといいということを示す結果だな…、と単純に思う人は多いだろうが、違うのだろうか?

 「野菜を先に食べ切ると、ご飯を先に食べ切るよりも血糖値が上がりにくい。これは事実です。しかし、私たちは普段、ご飯を先に食べ切るといった食べ方はしませんよね。本来は、野菜を先に食べることと、ご飯とおかずを交互に食べるといった通常の食べ方とを比較すべき。この研究ではそういう比較をしていないので、この結果を利用するといいという理由にはなりません。論文を注意深く読めば分かることなんですけどね」

 この例のように、論文が部分的に利用され、広められてしまうことはよくあるという。

 近年、エビデンス(evidence:科学的根拠)という言葉をよく耳にする。私たちはエビデンスがあるとその情報をうのみにしがちだが、「エビデンスがあるからといって、そこで思考を止めてしまうことは問題です」と佐々木さん。

 今や情報にエビデンスがあるのは当たり前。そのエビデンスが信頼に値するものなのか、そして、それが実生活に役立つものなのかを見極める目を持つことが重要だという。

「〇〇に含まれる〇〇は体にいい」は疑ってみる

 栄養健康情報でも最もよく目にするのが、「〇〇に含まれる〇〇という成分は体にいい」という情報だ。

 「例えば、赤ワインのポリフェノールは体にいいと聞いたことがないでしょうか。この情報は、ワインをよく飲む人は、ビール、蒸留酒(ウイスキー)と比べて総死亡率が低いというデータ(*2)に基づいています。この調査結果から、赤ワインに含まれるポリフェノールに注目が集まり、ポリフェノールの抗酸化作用が動脈硬化の予防や、その結果として、心筋梗塞の予防につながるのではないか、といわれるようになりました」

 しかし、話はそう単純ではなかったと佐々木さんは言う。

*1 Imai S, et al.J Clin Biochem Nutr. 2014;54(1):7-11.
*2 Gronbaek M,et.al.Mortality associated with moderate intakes of wine,beer,or spirits.BMJ. 1995;310:1165-9.

 「よく飲むお酒と食品摂取量を調べた調査では、赤ワインをよく飲む人は、他のお酒を飲む人やお酒を飲まない人たちよりも、野菜や果物をたくさん食べていて、牛や豚といった赤身の肉や油で揚げた肉の摂取量が少なかったという結果が出ています(*3)」

 野菜や果物に多く含まれるカリウムは血圧を下げ、心筋梗塞を予防する効果があるとされる。一方、赤身肉には飽和脂肪酸が豊富で、とり過ぎると心筋梗塞のリスクが高くなると考えられている。つまり、「ワイン好きの人は、ワインによってというよりも、ワインを含めた食生活の結果として健康を保っていたのかもしれないとも考えられます」

 そもそも、アルコールには動脈の中で血液が固まるのを防ぐ働きがあるという。

適量の赤ワインに健康効果があるのはウソではないが、他のお酒はどうなのだろう(c)5second-123rf

 「ワイン、ビール、蒸留酒に分けて、飲酒量と循環器系疾患(主に心筋梗塞や脳卒中)の発症率を比べた世界中の研究を集めたメタ・アナリシス(*4)(*5)によると、お酒は種類を問わず、同様に循環器系疾患のリスクを下げる方向に働くことが分かっています」

 これらのデータから読み解けることは、「心筋梗塞の予防効果はアルコール自体にあり、お酒の種類はどれでもほぼ同じ。心筋梗塞の発症はお酒と合わせる食べ物の影響が大きい、ということです。赤ワインに含まれるポリフェノールが心筋梗塞の予防に寄与することも事実ですが、その効果は非常に小さく、プラスαに過ぎません」

 私たちはこの「プラスα」の部分を過大評価しているかもしれないというわけだ。「赤ワインにある種の健康効果を期待できるというのは嘘ではありません。しかし、もしあなたが、体にいいからと、好きでもないのに赤ワインを飲んでいるとしたら…。人生後悔するかもしれませんよ」

 「赤ワインをよく飲む人は総死亡率が低い」というデータは確かにある。しかし、そこで思考を止めてはいけないと佐々木さん。ワイン以外の影響はないのだろうか? 他のお酒と比較したらどうだろう? とちょっと疑ってみることが大切だという。

食べ物の健康影響は簡単には分からない

 「〇〇に含まれる〇〇は体にいい」という情報があると、私たちはそれを食べた影響しか考えない。しかし、「食べ物は薬ではないので、私たちは何かを食べたら、何かをやめています」と佐々木さん。

 「例えば、赤ワインを飲むために日本酒をやめた場合、赤ワインの成分は体に入ったけれど、日本酒の成分は体に入らなかった。つまり、赤ワインの健康効果から日本酒の健康効果を引き算する必要があります」

 また、「〇〇は〇〇を多く含むから控えましょう」という情報も誤解が生じやすいという。

 「私たちの体は、1食でできているわけではなく、長い期間食べたものの総合体としてできています。ですから、『イクラにはコレステロールが多い』というのは事実でも、イクラを年に1~2回しか食べない人だったら、ほとんど影響はありません。一方で、コレステロールをごくわずかしか含んでいないものでも、毎日食べるものは健康への影響が大きくなります」

 栄養健康情報では、食べ物に含まれる1つの成分が抽出して語られることが多いが、食べ物の本当の健康影響を調べるには、対象者が普段どんな食生活を送っているかを綿密に調査・観察する必要があるという。

 「それを栄養疫学といいますが、日本にはこれまで栄養疫学者がいなかったため、食品学や薬学から見た成分の話が先行しがちです。食べ物と健康の関連を探る科学を『人間栄養学』といいますが、残念ながら、我が国では人間栄養学が盛んではありません。そのためか、学問的に明らかにされていない情報が社会に流出しやすいのです」

その情報を出すことで得をするのは誰?

 私たちが健康情報に惑わされやすい環境にあることは分かった。そして、惑わされないためには、「エビデンスがあるからといって思考を止めないこと」や、「成分ではなく食事で考えること」など、いくつかのポイントがあることも分かった。しかし、正直なところ難しそうだ。もっと簡単に情報を見極める方法はないのだろうか?

*3 Barefoot JC ,et al.Alcoholic beverage preference,diet,and health habits in the UNC Alumni Heart Study. Am J Clin Nutr. 2002;76:466-72.
*4 メタ・アナリシス:複数の研究を集め、データを統合したり比較したりする分析研究法で、より普遍的な情報を得ることができる。
*5 Costanzo S ,et al.Wine beer or spirit drinking in relation to fatal and non-fatal cardiovascular events: a meta-analysis. Eur J Epidemiol. 2011;26:833-50.
エビデンスがあるとその情報をうのみにしがちだが、「そこで思考を止めてしまうことは問題」と佐々木さん(c)Ferli Achirulli-123rf

 「情報を簡単に見極めることは難しい時代です。しかし、一番簡単なのは、『それを言うことで得をする人が、それを言っているかどうか』を見ることです。得というのは金銭だけでなく、名誉とか権威も含みます」

 私たちが日々生きていくために必要な情報は、義務教育で習った知識を有機的に結合させることで事足りる、とも佐々木さんは言う。

 「義務教育よりも高い知識や論理能力、技術が特に必要だとは僕には思えません。算数と英語はバラバラだけど、それぞれを頭の中から引き出してきて、そのときの状況に合わせて組み合わせられる力、それが重要です」

 この力は、言い換えれば「応用力」だ。「応用力を身に付けるためには、まず、栄養データにはどういうものがあり、どのように読むのかを知ることです。読み慣れることが大切です」

だまされないためにはデータを読み慣れること

 日本では病気を予防する栄養学よりも、病気を治す医学が重視されてきた。しかし、高齢化の進展や生活習慣病の増加に伴う医療費の高騰により、近年、「予防」に注目が集まっている。

 「日本の国民皆保険は素晴らしい制度です。しかし、予防に対する国民の意欲を損ねてしまったという一面があります。『もし病気になっても、少しの治療費で治してもらえる』と思ったら、努力して健康になろうとは思いませんよね。でも、治療に10万円かかると言われたらどうですか? 必死に予防に取り組みますよね。それがアメリカ社会です」

 アメリカ人は収入が多い人ほど健康で、少ない人ほど不健康な傾向があるという。それは、「収入が多い人は知識があり、問題を切実に捉える理解力があることが多いからです。30年後の自分と今の自分を同等に捉える力があれば、未来のために、今、何をするべきかが分かる。しかし、知識や理解力が欠けていると、今が幸せならいいや、と何もしません」

 日本も本気で予防に取り組む時代になってきた。

 「本当かどうか分からない情報を簡単に信じたり、自分の体を使って試したりすることは、命や健康を軽んじる危ない行為です。今、それをやると将来どうなるのか? と客観視することが大切」

 私たちは、家のローンを組む際に、未来のシナリオを想定しリスクを考える。当たり前だが、宝くじが当たることを前提にローンを組む人はいない。ビジネスシーンでも同様。宝くじに当たることを前提に収益の予測をする人はいない。

 「学問的に真偽が明らかにされていない情報をうのみにして、特定の食材や食事法にのめり込むことは、宝くじに当たることを前提にローンを組んだり、収益の予測をするようなものです」

 食べ物は生活に密着した存在なため、私たちは「何を、どれだけ、どのように食べるか」について無頓着ではなかっただろうか。しかし、真剣に「予防」に取り組むなら、その情報を真剣に見極める必要がある。

 野菜を先に食べるといいという話も、赤ワインの話も、イクラの話も、「言われてみればそうだよね」と思える。データにだまされないためには、データを読み慣れることが必要だ。

 次回から、「糖質制限と脂質制限、やせるのはどちらか」「早食いは太るは本当か」「そんなに食べていないのに太るのはなぜか」など、身近な話題をデータから読み解いていく。「正しいデータの読み方」を身に付けて、「ぶれない食べ方」を身に付けよう。

佐々木敏(ささき さとし)さん
東京大学大学院医学系研究科 社会予防疫学分野教授・医学博士
佐々木敏(ささき さとし)さん 1994年、大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了、ルーベン大学大学院医学研究科博士課程修了(ベルギー)。2007年より現職。早くからEBN(evidence-based-nutrition:根拠に基づく栄養学)に注目し、日本初の食事摂取基準の策定に貢献。日本の栄養疫学研究の中心的存在。近著は『佐々木敏の栄養データはこう読む! 疫学研究から読み解くぶれない食べ方』(女子栄養大学出版部)。