日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

タンパク質の摂取を増やせば増やすほど、筋肉が増えるわけではない!

第63回 解明されつつある最新知識

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。ご好評いただいていたこの連載も、とうとう最終回を迎えました。今回は、石井先生の研究室で取り組んでいるテーマを中心に、筋肉の最新事情をお伝えしていきます。その研究によると、筋肉を太くするのに有効なたんぱく質の量には上限があることがわかってきたそうです。

高酸素環境では筋持久力もアップする

低酸素環境でのトレーニングに関する研究結果は数多く発表されています。この結果を実際のトレーニングにどう応用できるのでしょうか。(c)chanon tamtad -123rf

 今回は私の研究室で取り組んでいるテーマを中心に、筋肉にまつわる最新情報をいくつか紹介したいと思います。

 まずは第60回で説明した酸素環境に関する新たな実験結果です。高酸素環境の中で、被験者に低負荷・高回数のトレーニング(30%1RMでオールアウトまで)を行わせ、筋持久力の変化を調べたところ、酸素濃度が少し高い状況のほうが筋持久力はアップすることがわかりました

 実験は、酸素濃度が通常より10%高いところで行いました。もちろん全員が一様に反復回数を伸ばしたわけではなく、個人差はありましたが、平均すると通常の酸素濃度よりも高い数字が出ました。

 これまでも自転車を使った実験などで、全身持久力が伸びるという結果はいくつか報告されていましたが、筋持久力に関してはあまり研究がありませんでした。研究の現場では、酸素の摂取と直結する全身持久力はアップしても、筋持久力は伸びないだろうと考えられていました。しかし今回の実験で、その予測が覆されたわけです。

 おそらく、携帯式の酸素ボンベのようなグッズでも一時的な高酸素状態をつくることが可能なので、それによって筋持久力も上がると考えられます。ただし、それは高酸素状態を維持している時に限られるので、ボンベを外してしまえば通常に戻ってしまうと思います。

試合前に低酸素室に入るとパフォーマンスが上がる?

 高酸素環境以上に、低酸素環境でのトレーニングに関するデータは数多く発表されています。たとえば富士登山をする際に高山病になってしまう人がいますが、私の研究室で調べたところ、5合目で2時間ほど過ごし、それから再び登りはじめると、高山病にかかりにくくなることわかりました。これは低酸素環境に対する“慣れ”が原因と考えられます。

 この実験から、持久的な競技を行う際の戦略も見えてきます。持久力を高めるために、あらかじめ低酸素室でトレーニングをする必要はなく、試合前に低酸素室に何時間か入っているだけでパフォーマンスが上がる可能性があるのです。真偽はまだ解明されていませんが、そうした応用のアイデアが挙がってきているのは事実です。

 このように、可能な範囲で体の中の環境をコントロールすることが、運動のパフォーマンスに結びつくことは間違いないと思います。ただ、それは不公平ではないかという議論も一方にはあります。オリンピックなどの会場に低酸素室を持ちこめる国と、そうでない国では決定的な差が出てきてしまう可能性があるからです。

 低酸素室に限らず、高所トレーニング、高酸素カプセルといったテクニックも競技力を高めるための“物理的な手段”ということで、すべてドーピングにするべきという考え方も出てきています。今後も、この議論は続いていくでしょう。

筋肉を太くするのに有効なタンパク質の量には上限がある

 続いては、私の研究室の学生が取り組んでいるテーマで、タンパク質を一度に摂取した時、そのうちどこまでが筋肉になるかというタンパク質代謝系に関する問題。その内容が、最近、学術的にちょっとした注目を集めています。

 タンパク質(アミノ酸)を摂取すると筋肉の中でのタンパク質合成が上がるということは、この連載で何度か説明してきました。では、摂取する量を増やせば増やすほど合成が上がるかと言うと、そうではないことがわかってきています。あるところで合成は頭打ちになり、それ以上タンパク質を摂ってもあまり意味がないようなのです。

 頭打ちになる量は20g前後というデータも報告されています(ただし、高齢者は40g前後まで合成が上がっていくようです)。これは普段の食事だけでなく、トレーニング後のプロテインの補給でも同様で、どんな状況であっても基本的には20gがタンパク質量の上限値であるようです。

 この現象は「マッスルフル」と呼ばれています。筋肉が“お腹いっぱい”の状態ということなので、それ以上のタンパク質を摂っても筋肉は食べられないわけです。40~50gの量を摂っても吸収はされますが、それが筋肉の材料になっているわけではなく、余分なものはエネルギー源として燃やされてしまいます。

 つまり、トレーニング後に1kgのステーキを食べても、筋肉の材料として使われるのはほんの一部に過ぎません。ごはん・納豆・生卵を食べるだけでも15gほどのタンパク質を摂取することができますし、それにシャケの切り身を一切れも加えれば20gに達するので、普段の食事で十分ということになります。

 そうなるとプロテインも不要ということになってしまいますが、タンパク質は合成を上げるスイッチでもあるので、20~30gを一日に複数回摂るためには便利で効果的な手段と言えます。ただ、あまり多くの量を摂る必要はないと考えていいでしょう。

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 この連載は今回が最終回となります。ご愛読いただき、ありがとうございました。今回の内容のように「筋肉学」は日進月歩です。これからも筋肉の知識と魅力を、最新情報も交えて皆さんにお伝えしていきたいと思います。では、またお会いしましょう。

筋肉にまつわる研究は日々進歩している。それまでの“常識” が覆される可能性もあるため、指導者はつねに新たな情報や知識を得ようとする姿勢が必要となる(写真は著者)
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「筋⾁学」は⽇進⽉歩。
これからも筋肉の知識と魅力をお伝えしていきます。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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『石井直方の筋肉の科学 ハンディ版』
A5判並製、272ページ、1400円+税 発行/ベースボール・マガジン社

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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。