日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

「楽をしたら強くなれない」は生理学的にも正論だった

第53回 メカニカルストレスの重要性

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、筋トレをする上で最も重視すべき「メカニカルストレス(力学的な刺激)」について見ていきます。筋力をアップするには、それにふさわしい刺激が必要です。「楽をして強くなりたい」と思うのは誰しも同じですが、残念ながらそれは実現不可能な望みなのです。

メカニカルストレス抜きに筋力トレーニングは語れない

 筋肉が強く太くなるには「メカニカルストレス」「代謝環境」「酸素環境」「ホルモン・成長因子」「筋線維の損傷・再生」という5つの要因があることを第48回で説明しました。そのなかでも、筋力トレーニングをする上で最も重視すべきなのはメカニカルストレスです。

身体に関する研究が進み、トレーニン グ科学が進歩した現代においても、メ カニカルストレスによって筋肉が強 くなるという原理は変わらない。(c)fotomircea -123rf
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 メカニカルストレスとは力学的な刺激のことですが、筋力アップや筋肥大を目的とする場合、やはり負荷強度を中心に考えなければいけません。これは筋力トレーニングの知識が確立されていない時代から変わらないことで、軽いものを持ち上げても筋力がつかないことは誰でも経験的にわかるでしょう。また、これまでに行われてきたさまざまな研究においても、メカニカルストレスによって筋力アップや筋肥大が起こったというエビデンスは数多くあるので、メカニカルストレスを抜きにして筋力トレーニングは語れないという路線ができています。

 ごく最近の研究では、必ずしもメカニカルストレスが強くなくても筋肉を成長させる方法があることがわかってきていますが、最終的に筋肉に強く、大きなパワーを発揮させることがトレーニングの目的である場合は、やはり負荷強度の低いトレーニングをしても意味がありません。大きなパワーを出すトレーニングを繰り返し行うことで、さらに大きな力が出るようにしていくのが最もオーソドックスなやり方であり、それを崩してはいけないのです。

楽なトレーニングでは決して筋肉は強くならない

 一般の人はもちろん、スポーツ選手や指導者にも、歯を食いしばるようなトレーニングをせず、できるだけ楽をして身体を強くしていきたいという考えがあるかもしれません。あるいは、重いものを持つとケガをする危険性が高くなるので、それを避けたいという意見もあるでしょう。

 私自身、長年トレーニングをしてきた経験から、楽をして強くなりたいと思う気持ちはよくわかります。しかし、残念ながら、その発想は根本的に間違っていて、楽をして強くなるというのは実現不可能な望みなのです。

 これだけヒトの身体に関する研究が進み、トレーニング科学が発達してくると、ともすれば必死にトレーニングをしなくても筋肉を肥大させることが可能なのではないか、テレビを見ながら筋肉を動かしていても強くなれる方法があるのではないか、という錯覚を起こしがちですが、そんな夢のような方法は今のところ見つかっていません。

 「楽をしたら強くなれない」というのは昔の指導者の意見であり、根性論であるかのような印象を受けるかもしれません。しかし、これは生理学的にも正論です。なぜなら、身体が強くなる理由は、身体を強くしなければならない状況になったからであり、そういう状況に追い込まれたときに初めて生理学的適応が起こるからです。それが生物の基本的な仕組みなので、その仕組みを省略するという考え自体、無理があります。

 私は高齢者でも筋力トレーニングができるように、軽い負荷を使うことで身体の負担を軽減する『スロトレ』などを研究しているので、楽に強くなる方法を知っているのではないかと勘違いされることがあります。しかし、決してそんな方法はありませんし、むしろ自分の経験から、それが不可能であることをよくわかっています。

 やはり強くなるには、それにふさわしい刺激が必要であり、その苦しさを乗り越えた先に、身体が変化するという喜びが待っているのです。これは選手やコーチにとって、絶対に必要な考え方だといえるでしょう。

的外れなストレスはNG

 ただし、強くなるための刺激が必要だといっても、本当に必要な刺激以外のストレスが過剰に強くなってしまうのはNGです。鍛えたい筋肉に強い刺激が加わった結果として「キツい」「しんどい」と感じるのはいいのですが、それに加えて心臓や呼吸器などに過度の負担がかかり、「身体中がつらくて耐えられない」という状態になってしまったら、それは決していいトレーニングではありません

 目的としないところにまで余計なストレスがかかるのは、身体全体にとってもプラスではありませんし、目的とする筋肉を鍛える効果も半減してしまいます。また、フォームが乱れたり、関節などに不要な負荷がかかったりして、ケガにつながる危険性もあります。さらに精神的なストレスも大きくなり、結果としてトレーニングが長続きしないということにもなってしまうでしょう。

 ですから、筋力トレーニングを行う場合、どこにどんな刺激を与えればいいかを考えることが重要になります。特にスポーツ選手は、競技に必要な力を発揮したり、競技での負荷に耐える力を身に付けたりするために、より的確なメカニカルストレスを選択することが必要になります。また、筋肉にしっかり力を発揮させるだけでなく、関節や骨にもそれ相当のメカニカルストレスを加えることで、それらの機能を全体的に高めるということも考えるべきでしょう。

 次回は、メカニカルストレスに重点を置いた具体的なトレーニングを紹介します。

「楽をしたら強くなれない」というのは、
根性論のような印象を受けるかもしれないが、
これは生理学的にも正論。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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B5判、140ページ、1500円+税 発行/ベースボール・マガジン社

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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。