日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

過去の筋トレの成果は10年先まで残る?

第46回 筋肉を成長させるメカニズム(1)

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、筋トレをしたとき、どのようなメカニズムで筋肉が成長するかを見ていきます。筋肉が太くなる仕組みは、ここ10年ほどでかなり研究が進みました。「筋線維再生系」「タンパク質代謝系」という2つのメカニズムが関係することがわかっています。

筋肥大には2つのメカニズムがある

一度しっかり筋肉をつけておけば、その記憶は10年先まで残り、トレーニングを再開したときに通常よりも早く筋肥大が起こる。(©improvisor-123rf)
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 筋力トレーニングをすると、どのようなメカニズムで筋肥大が起こるのか。これはまだ完全に解明されていませんが、この10年ほどでかなり研究が進んできています。

 まず筋肥大には、大きく分けて2つのメカニズムが関係していることが、はっきりわかっています。

 1つは「筋線維再生系」。これは筋線維が壊れたり傷ついたりしたときに再生をする仕組みで、筋トレによって活性化します。その役割は、細胞を作って筋線維を増やしていくこと。さらに、筋線維1本1本を補修しながら少しずつ太くしていくことにも、この再生系という仕組みが深く関わっていることがわかっています。

 もう1つは「タンパク質代謝系」。これはタンパク質が筋線維の中で合成されたり分解されたりする仕組みのこと。筋トレによって筋肉が太くなるのは、筋線維の中で、アクチンやミオシンといった筋肉が収縮するために必要となるタンパク質の量が増えるからです。

 タンパク質の合成が高まれば筋線維は太くなっていきますが、それと同時にタンパク質を分解するシステムも働いています。合成と分解のスピードが同じであれば、細胞が入れ替わってフレッシュになっても、筋肉のサイズそのものは変わりません。

 筋トレを行うと、タンパク質の合成が上がり、同時に分解が下がるという現象が起こります。合成と分解は切り替えスイッチのような仕組みになっているようで、どちらかが上がると、どちらかが下がるのです。合成が分解を上回れば筋肉の中のタンパク質の量が増えていき、筋肥大が起こるということが実験でも確かめられています。

マッスルメモリーという新しい可能性

 筋線維再生系とタンパク質代謝系は、おそらく同時に働いていると考えられますが、どちらがどのくらい働いているかというのは、まだよくわかっていません。その辺りは、これからの研究課題になってくるでしょう。ただ、最近の研究でいろいろなことがわかってきています。今回は、まず筋線維再生系について説明しましょう。

 筋線維には、「筋サテライト細胞」と呼ばれる幹細胞(筋線維のもとになる細胞)がペタペタとへばりついています。普段は眠ったような状態なのですが、筋トレをすると目覚めて増殖します。そして、前述したように新しい筋線維を作る場合もあるし、へばりついていた筋線維に融合して、その中に新たな核を挿入する場合もあります。

 実は筋線維の核そのものが増えることが確定したのは、ここ2年ほどの話です。そしてヒトの場合、その核は筋トレをやめて筋線維が細くなってしまっても、10年前後は残り続けるのではないかと考えられています。これは「マッスルメモリー」といわれるメカニズム。一度しっかり筋肉をつけておけば、10年先までその記憶が残っていて、トレーニングを再開したときに通常よりも早く筋肥大が起こるようになります。これも、筋線維再生系の新たな役割として注目されています。

ある一定以上の太さになるときに筋線維の中の核が増える?

 核は細胞の機能を制御する指令部のようなものなので、あまりにも大きな細胞に核が1個しかないと、制御の範囲を超えてしまいます。細胞には核領域というものがあり、1個の核が制御できる体積には上限があるのではないかと以前から考えられてきました。その仮説を裏づけるように、1個の核で機能している細胞を見ると、あるサイズ以上に大きなものは存在しません。そのサイズとは、細胞を直径が一定の球形だとした場合、直径20~30マイクロメートルです。

 細胞の中には直径100マイクロメートル、長いものだと10cmほどになるものもあります。当然、その中にはいくつもの核があり、それぞれの縄張りを制御しているのだと考えられます。このような仕組みが成り立っているとすると、筋線維も核の数が増えないと、ある一定以上の太さにはならないということになります。その役割を担っているのが筋サテライト細胞ということですね。

 では、核が増えるのは筋トレをスタートしてすぐなのか。それとも、筋線維がこれ以上太くならないという限界に達してからなのか。それはよくわかっていません。

 そもそも核が増えても、タンパク質の合成が上がらなければ筋線維は太くなりません。筋線維が太くなるための条件として、タンパク質の合成は必須ですが、核の増殖は必須ではないのです。ということから考えると、核が増えなくてもある程度までは太くなり、限度を超えそうになった段階で核を増やすという仕組みが働いているのではないかと、現在は考えられています。

 どのくらいまで筋線維が太くなると、核が増えるのか。それは私の研究室で少しずつ解明されてきていますが、はっきりとした数字が出てくるまでには、もう少し時間がかかりそうです。

タンパク質の合成と分解は切り替えスイッチのような関係。
合成が分解を上回れば筋肉の中のタンパク質の量が増え、
筋肥大が起こることが確かめられている。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。