日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 マラソン終盤のフォームの崩れを予防する方法

走る練習の前に「走の基本」でフォームを確認しよう

 有森裕子=元マラソンランナー

 新緑の香りがすがすがしく、気候も暖かくなり、走るのがさらに楽しい季節になりました。一方で、ゴールデンウィークが明け、頭がぼんやりとしてなかなか日常に戻れない方も多いと思います。心と体の調子を崩さないためにも、通常のサイクルに戻れるように規則正しい生活を心がけ、気分転換としてランニングを活用しましょう。

 さて今回は、日々のランニング練習やレースの前にぜひ取り入れていただきたい、「走の基本」という基礎ドリルをご紹介したいと思います。これは、走るための正しいフォームや動きを体に覚えさせるための運動です。

 中学や高校の陸上競技(走る種目)の選手は、入部したての時にまず覚えさせられる動きで、走るための基本の動作になります。私も高校の陸上部に入った時に、初めて学びました。

 一般的に「走の基本」は、短距離選手が行うイメージですが(*1)、マラソンランナーでも、このドリルを走る前の習慣にすると、正しい動きを体に覚えさせることができます。何より私自身が、現役中に実践してとても役立ったドリルであり、ランニングを楽しむ多くの方にぜひお勧めしたい運動です。

*1 1980年代に『マック式短距離トレーニング』として、海外の陸上コーチ、ゲラルド・マック氏が広めたドリルで、日本の陸上選手の間でも取り入れられるようになった。
走る前のドリルで、正しいフォームを体に覚えさせよう。(c)Peter Bernik-123RF

毎回「走の基本」を行った方がいい2つの理由

 「走の基本」を行う目的は、大きく2つ挙げられます。1つ目は、「悪いクセが出ることを防ぐ」ことです。悪いクセが出てしまう理由として、身体的な特徴が挙げられます。例えば、私は幼い頃から股関節が硬い上に、左足首の可動域が狭かったため、着地した時に腰が沈むというか、体全体が片側に傾いてしまうクセがありました。

 そのため、前に進むためには、着地した時に沈んだ腰を持ち上げる必要があります。長い距離を走る上で、その無駄な動きは体に負担をかけるだけでなく、ケガもしやすくなります。もちろん、推進力の妨げになるのでスピードも上がりにくくなるでしょう。

 私は、この「走の基本」で腰の高さを安定させることを意識し、同時に股関節や足首の柔軟運動や、筋トレなどを組み合わせていくことで、フォームのバランスの崩れは少なくなっていきました。

ゆっくりした動作でフォームの基本を確認し、終盤の崩れを防ぐ

 2つ目の目的は、「マラソン終盤のフォームの崩れを防ぐ」ことです。マラソンの終盤になれば、筋肉疲労により腰の位置が落ちてきたり、上下動が大きくなったり、腕の振りが小さくなってきたりと、フォームは自然と崩れます。それを防ぐためには、長い距離を踏むトレーニングでフォームが崩れる状況を作り、その上で正しく手足を動かすことを意識することが効果的です。もちろん、長時間走っても筋肉が疲れにくいよう、体幹トレーニングで体を鍛えることも必要でしょう。

 しかし、そもそも正しい動きが身についていなければ、そうした練習をすることもできません。そのためにも、普段から、パーツ(各部位)の動きをしっかり意識・確認しながら、走るための正しい動きを身につけることが重要になります。太ももの上げ下げや、腕の振りといった大きなパーツは、走っている最中でも比較的意識しやすいですが、足首や指先、背筋、姿勢といった細かなパーツの動きは、なかなか意識しにくいものです。

 「走の基本」は、ゆっくりとした動きの中で、そうした細かなパーツを一つひとつ確認し、意識できます。毎回走るトレーニングの前に取り入れ、ゆっくりとした動きからリズミカルな動き、そしてスピードのある動きに移行していくような練習をすれば、次第に腰の位置が安定して推進力が増すフォームに近づいていくはずです。また、長距離の終盤にフォームが崩れてきても、修正しやすくなるでしょう。

 「走の基本」は、「速く走るために最も効率の良い動き」を身につけることでもあります。ランナー一人ひとりの骨格や筋力は異なるので、その人にとって最も効率のよい動きはこれだ!とは、一概には言えません。しかし、腰の位置を高く保つことや、上下動が少なく、スムーズに重心の移動ができるといったことは、すべてのランナーにとって、速く走るために必要なことです。腰の位置などを意識するちょっとした時間の積み重ねが、自身の限界を超えてタイムを伸ばすカギにもなります。

 今回は、「走の基本」の中でも、一般ランナーにぜひ取り入れてほしい最もベーシックな動きをご紹介します。

腰の位置を高く意識し、走る一連の動作を体得する

 まず1つ目は「ももを引き上げる歩行動作」です。イメージは、腰を高く保って、歩きながら太ももを引き上げるように歩行していきます。このドリルでは、着地した際に腰の位置を高く保つことや、支持脚の蹴りや、太ももの引きつけといった、走る時の一連の動きを体得できます。

1. もも上げ歩行
(イラスト:内山弘隆)
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【方法&ポイント】

1 スタートの姿勢は、頭の上に紐がついていて、その紐を上から引っ張られているようなイメージを持ちます。背筋が伸びて、腰の位置も自然と高くなります。

2 地面を蹴った支持脚のつま先を返し(空中で足首を伸ばす)、くるぶしが反対側の膝あたりを通るように、太ももを引き上げます。引き上げながら徐々につま先は戻していきます。

3 ももを引き上げた際、着地している足は伸ばしたまま、つま先立ちとなり、腰の位置を高く保つように意識します。この時、自然と重心が前方に移動していくことを感じましょう。

4 そのまま自然な流れで、太ももを地面に落とすようなイメージで着地し、同様に反対の脚も同じようにして歩行します。


走る際の前傾姿勢を体得する

 2つ目は、「ももの引き上げから、脚を振り出す動作」です。腰の位置を高くキープすることと、走る際の前傾姿勢を自然に体得できます。また、長いストライドを獲得するための柔軟運動にもなります。

2. もも上げからの脚の振り出し歩行
(イラスト:内山弘隆)
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【方法&ポイント】

1 [1.もも上げ歩行のももを引き上げた動作]から

2 引き上げた脚を振り出し、そのまま振り下ろします。振り下ろす脚は、地面に叩き付けるようなイメージです。振り下ろす際、着地している脚の膝が大きく曲がったり、腰が落ちたりしないように注意しましょう。

3 振り下ろして着地した瞬間、やや前傾姿勢となり、腰の位置が高いままならOK。これを左右繰り返して歩行していきます。


 本来ならこの後、「トロッティング」という足首を柔らかく動かして小刻みに走るドリルでスピードを上げながら、もも上げをしたり、脚の振り出しをしたりします。ドリルで意識した動きや姿勢を実際の走りにつなげていくことが目的なのですが、また別の機会にご紹介したいと思います。

股関節を柔らかく、下半身を強化し、全身のバランスを取る

 3つ目は「ランジ」です。

 股関節の柔軟性を高め、体幹や大殿筋、太ももの大腿四頭筋やハムストリングス、膝周りなどを鍛えることができます。下半身の強化だけでなく、全身のバランスを取る力の向上も期待できます。

3. ランジ
(イラスト:内山弘隆)
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【方法&ポイント】

 まず、両脚を肩幅程度に開いて立ちます。片脚どちらかの脚を1.5歩ぐらい前にまっすぐ出し、体をゆっくり沈めていきます。その際、前脚の角度と後ろ脚の角度は、それぞれ90度ぐらいにキープできればベスト。腰が曲がって前傾になりすぎないように注意します。前脚の膝はつま先より前に出ないようにし、膝が内側や外側に傾かずにまっすぐ前を向くように意識しましょう。

 このまま、脚を交互に前に出しながら歩行していきます。自分の筋力や能力に応じて、それぞれの脚について20~50回ほど、疲れを感じるまで続けます。疲れてくるとどうしても体勢が崩れて、膝が内側に入りやすくなりますので、まっすぐを意識して。それがマラソン終盤のフォームの安定につながってきます。


 正しいフォームは日々意識することにより、身につきます。「走の基本」で、腰の位置や重心の移行を意識することを習慣化し、効率的なフォームを目指しましょう。

(まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。