日経グッデイ

有森裕子の「Coolランニング」

有森裕子 「日本記録保持者のシューズ」に飛びつく前に

市民ランナーがトップランナーを模倣することのリスク

 有森裕子=元マラソンランナー

 今年は例年より桜の開花が早く、都内では既に新緑が顔をのぞかせています。4月に入って心機一転、新たな仕事に臨まれている方もいるでしょうし、お子さんの進学などでほっと一息ついている方も多いのではないでしょうか。

 環境の変化が多い春は、心身ともに調子を崩しやすくなります。大きな変化に適応しきれず、気分が落ち込んでしまう“五月病”を防ぐためにも、自身の状態を観察しながら、気分転換にランニングを上手に取り入れてくださいね。

 さて前回(「有森裕子 平昌五輪と東京マラソン、日本選手の大活躍に拍手!」)は、韓国で開催された平昌冬季五輪で活躍したメダリストや、東京マラソン2018で男子マラソンの日本記録を樹立した設楽悠太選手(Honda)の話題を取り上げました。

 今回は、こうした大きな大会で日本人選手が活躍した後によく出てくる、市民ランナーの「模倣」について考えてみたいと思います。

トップアスリートのトレーニング方法やシューズにすぐに飛びついていませんか?(c) Dmytro Panchenko-123RF

トップアスリートと自分は違うという意識を持つ

 メダリストや、大記録を作った選手が登場すると必ず起こるのが、“市民ランナーによる模倣”です。例えば、設楽選手は「30km以上の距離走を行わない」と公言しています。すると、これをうのみにして「自分も30km以上の距離走を行わない」と、トレーニングの方法をまねする市民ランナーが必ず出てきます。

 設楽選手は、駅伝やハーフマラソンなどのレースに頻繁に参戦して結果を出しています。スピードトレーニングとしてレースに臨んでおり、これが自分を追い込む練習になっているわけです。

 設楽選手のような「バネで走るタイプ」のマラソンランナーは、40km、50kmのような長距離練習をやらない人も少なくありません。私の現役時代で言えば、1991年の世界陸上東京大会の女子マラソンで銀メダルを獲得した山下佐知子さん(現・第一生命グループ女子陸上競技部監督)も、やはりバネで走るようなタイプで、30km以上の長い距離の練習をあまりやらなかったと記憶しています。彼らは、そうした自身の特徴を把握し、ロジックを組み立てたうえで、「だから自分は30km以上の距離走を行わない」と言えるわけです。

 そこへ市民ランナーが、レベルや走り方も違うトップアスリートと同じ練習を急に取り入れても、記録が伸びるわけがありません。それどころか、準備不足でケガをする恐れもあります。トップアスリートと自分は違うという意識を持つことが大事です。

はやりのシューズはあなたの走力に合っている?

 シューズについても、同じことが言えるでしょう。さまざまな媒体で、設楽選手が履いていたシューズが話題になっており、飛ぶように売れていると聞きます。

 素晴らしい結果を出した選手と同じアイテムを使ってみたいという気持ちは分かります。ただ「日本記録保持者が履いているから」「かっこいいから」「設楽選手のファンだから」という単純な理由だけで、同じシューズを履いてハードなトレーニングをするのは、ケガのリスクを伴う可能性があります。

 彼の場合、「このシューズを履いて練習すると疲労が蓄積されにくい」とも取材で答えています。でも、同じシューズを履いて練習しているトップ選手の中には、自分の足や走り方に合わなかった選手もいるはずです。ましてや脚力が鍛えられていない初中級ランナーが、自身の走り方も把握していない中、“ミーハー心”だけで履き続けると、逆に足が疲れやすくなったり、ケガにつながったりする恐れも否めません。

 このシューズに限った話ではなく、シューズなどのアイテムを購入する際は、自分の筋力や走法、目標などを踏まえて、自分に合ったものを選ぼうとする意識を忘れないことが大事です。

極論だけを強調する見出しをうのみにしない

 ランニングのトレーニング法でも、様々な健康法や病気の予防法でも、昨今の情報番組や雑誌、インターネットでは、「○○はやってはいけない!」「△△をやらないとダメになる!」といった、極論だけを切り取ったような見出しの記事が増えているように思います。

 これは、読者に分かりやすくメッセージを伝え、興味を持ってもらうためのテクニックなのでしょうが、情報の受け手が、見出しだけで情報を得たような気になってしまうのはよくないと思っています。面倒でも中身をよく読んで、見出しの真意を理解することが重要になってきます。

 つまり、情報に流されず、本当にそれが自分に合うかどうか、正しいかそうでないのかを考える。あるいは実際に実践してみて、合うか合わないかを見極める。そうした吟味をして初めて、その情報は自分にとって有益な情報になるのです。“衝撃的な見出し”の情報は、万人に役立つものではなく、初心者、中級者、上級者といったレベルでも異なるでしょうし、年齢や体の状態などによっても変わってくると思います。情報過多の時代だからこそ、「この情報は自分にマッチするのか」と考える癖をつけて、賢く利用してほしいと思います。

4月はスピード練習よりも、パーツを鍛えよう

 さて、4月のトレーニングについて少しだけお話ししたいと思います。春の大会を目指す人もいると思いますが、多くは夏以降のマラソンにエントリーしようと考えていると思います。三寒四温で寒い日もあるうちは、スピード練習をガンガンするというよりは、“体づくり”の時期と捉えていいと思います。

 寒いシーズンに縮こまっていた足首周り、膝周り、腰周りをしっかりストレッチで伸ばし、膝周りや足腰を鍛えるスクワットや、かかとを上げ下げして足首やふくらはぎを鍛えるカーフレイズなどで、体のパーツを強化します。そして、10kmぐらいの短いレースやクロスカントリーに参加して、気持ちよく走ればいいでしょう。スピード練習は段階を追って取り入れていくような流れがいいかと思います。

 余裕がある方は、海外の暖かい場所で開催されるレースで走るのもいいと思います。日本では梅雨の時期に当たる6月30日~7月1日には、オーストラリア有数の観光地であるゴールドコーストで、ゴールドコーストマラソンが開催されます。海岸線に沿った高低差が少ないとても走りやすいコースなので、蒸し暑い日本を脱出して参加してみるのもいいかもしれませんね。

 いずれにしろ、4月はレースを間近に控えて気負うシーズンでもありません。夏以降の“本番”に向けて、今はリラックスしながらトレーニングに取り組んでみてください。

(まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子(ありもり ゆうこ)さん
元マラソンランナー
有森裕子(ありもり ゆうこ)さん

1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。